
1904年、ドイツで元教師のウィリアム・フォン・オステンが飼っていた「ハンス」という名の馬が、高度な知性を持つとして有名になった。
ハンスは、質問者が問題を出すと正解の数だけ床を脚で叩くという方法で、見事に数学の問題を解いたり、和音に関する音楽の問題にも答えたりすることができた。
1904年には、哲学者であり心理学者でもあったカール・シュトゥンフ教授を委員長とする調査委員会によって調べられ、トリックの可能性は全くないという結論も出されている。
つまり正真正銘、馬自身が数学の問題を解いて答えを出していたのである。このことから人は、ハンスのことを「クレバー(Clever/賢い)・ハンス」と呼ぶようになった。
一方で、同じく超常的な力を持つと言われていた馬に、レディ・ワンダーがいる。レディはアメリカ・バージニア州リッチモンドに住んでいたクラウディア・フォンダ夫人が飼っていた愛馬である。
記録によると、数字が書かれたキーボードや、アルファベットが書かれた紙を使って質問に答えることができたという。
そのため1927年には、超能力研究の研究者として有名なデューク大学のジョセフ・ライン博士とウィリアム・マクドゥーガル博士によって調査され、レディは超能力を使って人の心を読むことができる馬だと認定されている。
【写真引用元】
「Wikipedia:Clever Hans」
(http://en.wikipedia.org/wiki/Clever_Hans)
「Index of Lady Wonder Items」
(http://richmondthenandnow.com/Lady-Wonder-Index.html)
伝説で紹介したハンスとレディは、超常的な力を持つ動物の例として海外などではよく紹介される馬である。その際にはよく、「科学者によって調査されたがイカサマや勘違いの可能性はないという結論が出された」と紹介されることが多い。
確かに科学者によって調査され、そういった結論が出されたことは事実である。
ところこの
2つの事例には、まだ話の続きがある。ハンスの事例ではドイツの若き研究者オスカー・フングストが、レディの事例ではアメリカの名マジシャン、ミルボーン・クリストファーが、それぞれ謎とされてきた現象を見事に解明しているのである。
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まずはフングストの調査から。彼はハンス(※注1)の調査にあたり、彼が「知らない試験法」と呼ぶ実験方法を考え出した。これは実験に立ち会った者全員、とりわけ質問者自身が正解を知らない状態で質問を行うというもの。
【※注1】 黒毛のオス馬で当時8歳頃。ロシア産のオーロフ種だという。好物はパン、にんじん、角砂糖。問題に正解すると、これらをご褒美としてもらっていた。(外れてもムチなどで叩かれることは一切ない)
もしこの状態でハンスが正解を連発できるならば、それはハンス自身が考えて正しい答えを導き出している可能性が考えられる。しかし不正解が多かった場合は違うことが考えられる。ハンスが自分で考えて答えているのではなく、外部からの情報によって答えを得ている可能性である。
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フングストはハンスの能力を検証するために様々な実験を行った。ここではそのうちの2つを紹介したい。まずはハンスの代名詞ともいうべき計算能力を検証する実験。これは次のような方法で行われた。
まず飼い主のフォン・オステン(※注2)がハンスにだけ聞こえるよう、ハンスの耳元で任意の数(通常は一桁)をささやく。次にフングストが同じように数をささやき、ハンスにその2つの数を足すように命じる。もちろんフォン・オステンもフングストも自分がささやいた数しか知らない。その2つの数を知っているのはハンスだけである。
【※注2】 ハンスの飼い主。元中学の数学教師。ハンスの能力を完全に信じ込んでいて、実験の際はいろいろと口を挟んで妨害することもしばしば。フングストの調査結果を知らされた際には敷地内への立ち入り禁止令を出した。
この質問者が答えを知らないテストでは、正解率はわずか9パーセント(31問中3問のみ正解)しかなかった。たった3問の当たりはまぐれだと考えられる。一方、互いに数を教え合い、質問者が答えを知っている状態でのテストでは、93パーセント
(31問中29問正解)という高い正解率が出た。
次にドイツ語のアルファベットを読めるか検証する実験。この実験では厚紙に「傘」や「馬小屋」といった単語を書き、ハンスの前に一列に並べる。そして質問者が
「『馬小屋』と書かれているカードは何番目(飼い主が教えたルールにより右から数える)のカードか?」といった具合に質問する方法が取られた。
気になる正解率は全員が答えを知らない状態では0パーセント(12問全て誤り)。
知っている状態では100パーセント(14問全て正解)だった。つまりハンスは現場に居合わせた全員が答えを知らない状態では、正しい答えを出すことがほとんど出来ないということがわかったのである。これは外部からの情報をハンスが何らかの感覚器でキャッチしていることを示唆していた。
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フングストはハンスの様々な感覚器を遮断しながら質問していく方法で、ハンスがどの感覚器から情報を得ているのか検証していった。すると明らかに正解率が低かったのは視覚を遮断したときだった。具体的にはハンスの両目に革製の大きな目隠しをしたときである。このときは35問中、正解したのはわずかに2問のみ。
またハンスは質問される際、本来、数えるべき人や物、読むべき文字の方を一切見ずに、質問者を常に見ていた。さらに夕方、暗くなるにつれて明らかに正解率が下がってくることもわかった。その結果、ハンスは視覚を使って正解のカギとなる情報を得ていることがわかった。
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次に問題となるのは、カギになる情報とは何か? という点だ。最初は現場にいる人間の意図的なトリックの可能性も考えられたが、すぐに否定されている。フングストしかいない場所でも、ハンスは質問に正しく答えることができたからである。
これはつまり、質問者の無自覚的な何らかの動きをハンスは正解の合図として判断していることを意味していた。 ではその動きとは?
この無自覚的な動きを突き止めるべく、フングストは様々な質問者を徹底的に観察。ついにその正体を突き止めることに成功した。それは質問者の頭の微細な動き、特に上方向への動きだったのである。
通常、現場に居合わせた人間は、ハンスが答えるために蹄を叩くことから、足下に注目しようと頭を少し沈める。しかし正解の打数まで達すると、そこで若干緊張が緩み、頭が上へ動くのだ。(※注3)
【※注3】 この現象は「不覚筋動」という。本人には自覚がない (無意識的な)筋肉の動きのことで、こっくりさんや、ダウジングもこの現象が関係している。
フングストはこの動きを主観による判断だけでなく、客観的にもわかるようにするため、質問者の頭の動きが測定可能な装置を使って厳密に測定も行った。それによれば、上への動きはわずか0.5ミリ〜2ミリほど。平均してハンスが正解を出す0.3秒前に起きていた。
きわめて微細な動きに思えるが、彼は実験で自らハンス役を担い、この動きを手がかりにハンス並の正解率を出すことに成功している。また一方では、質問者の微細な動きを意図的に出せるように訓練を行い、ハンスの答えを自在にコントロールすることにも成功している。
つまりハンスは、人のわずかな動きを手がかりに正解を導き出していたことが確かめられたのである。その点では、まさに“賢い”馬だったと言えるだろう。 (※注4)
【※注4】 この件をキッカケに、「クレバー・ハンス効果」(Clever Hans Effect)と名付けられる心理現象が発見された。これは動物を用いた実験で人間の関係者または研究者が、意識下で仮説を立証することが望まれていた場合、振舞いを動物に伝えてしまう現象である。
続いてはレディ・ワンダーのケース。レディは、アメリカ・バージニア州リッチモンド在住のクラウディア・フォンダ夫人が飼っていた馬である。長年、地元のリッチモンドでは「人の心を読むサイキック・ホース」として観光の目玉となっていた。
この馬はハンスと違い、数学に関する問題だけでなく、他のほとんどどんな問題にも答えることが出来たという。(回答の際には特別製の馬用タイプライターを使って言葉を綴ったり、番号を示したりした)
話題はすぐに広がり、1927年には超能力研究の研究者として有名なデューク大学のジョセフ・ライン博士とウィリアム・マクドゥーガル博士によって調査され、超能力を持つ馬として認定証まで発行されている。
またライン博士は、『Journal of Abnormal & Social Psychology』(異常心理学と社会心理学誌)に、「レディ・ワンダーはテレパシーに反応し、ある程度の超能力を持っているようだ」と結論する論文まで発表している。
博士の調査では、質問者であるフォンダ夫人が答えを知らない場合でもレディは正解を答えることができたため、「クレバー・ハンス効果」の影響はないとされた。そして長らくレディ・ワンダーのケースは馬が超能力を持つ証拠とされていた。
ところがこの証拠は、ある一人の懐疑論者が行った調査によって覆されることになる。その懐疑論者の名はミルボーン・クリストファー。本職はプロのマジシャンで、ハリー・フーディニが初代会長を務めたアメリカ奇術師協会(SAM)の会長を務め、ロンドンのマジック協会の副会長も務めるほどの腕前の持ち主でもあった。そして同時に超常現象の真相調査にも強い興味を示した人物である。
クリストファーはまず、自分がマジシャンであることを隠してフォンダ夫人の元を訪れた。夫人は相変わらず金銭を取って超能力パフォーマンスを見せている。その内容は「事前に答えを紙に書く」というもの。
クリストファーはここに何かトリックがあるのではないかと考えた。そこで彼は、この紙に答えを書く際に渡される鉛筆が長いことに注目し、マジックの読心術で使うトリックの1つを用いているのではないかと推理。フォンダ夫人を引っ掛ける逆トリックを考案した。
紙に鉛筆で答えを書く際、本当は「3」と書いているのにもかかわらず、鉛筆の動きは「8」と書いているように見せかけたのである。(つまりこのトリックは、紙に書く際の鉛筆の動きを読むというもの)
もしレディが自分で考えるなり、テレパシーなどの超能力を使っているなりしていたのであれば、鉛筆の動きなどとは関係なく正しく「3」と答えられたはずである。
ところが実際は違った。レディが出した答えは、「3」ではなく「8」だったのである。
このことから、質問者のフォンダ夫人が答えを知らないはずの状況でも正しく答えを出せる、という長年の謎も解けた。実は「知らなかった」のではなく、事前に紙に答えを書かせる際の鉛筆の動きをフォンダ夫人が読んでいたのだ。つまり答えを盗み見て知っていたのである。
あとは秘かに知ったその答えを、夫人がいつも使っていた馬用の小さな鞭を用いてレディに合図を送り(※注5)、レディがそれに応じて答えるだけだ。これがフォンダ夫人によって30年間行われていた超能力パフォーマンスの仕組みだったのある。
【※注5】 夫人が鞭を使って秘かに合図を送っていたことは、ミルボーン・クリストファーの他に、記者のレスリー・リーバーも見破っている。
(記事公開日:2006年10月4日)
【参考資料】
- オスカル・プフングスト 『ウマはなぜ「計算」できたのか』(現代人文社)
- 羽仁礼 『超常現象大事典』 (成甲書房)
- 安斎育郎 『人はなぜ騙されるのか』 (朝日新聞社)
- The Skeptic's Dictionary「Clever Hans phenomenon」
(http://skepdic.com/cleverhans.html) - SkepticWiki 「Clever Hans Effect」
(http://www.skepticwiki.org/index.php/Clever_Hans_Effect) - カール・シファキス『詐欺とペテンの大百科』 (青土社)
- James Randi Educational Foundation「An Encyclopedia of Claims, Frauds, and Hoaxes of the Occult and Supernatural/Lady Wonder」(http://www.randi.org/encyclopedia/Lady Wonder.html)
