伝説
イタリアに「聖母の再来」と言われる有名な超能力者がいる。彼女の名前はマリア・ローザ・ブージ。イタリアで未解決となっていた2つの難事件を続けて解決に導いたことにより、一躍その名を轟かせた超能力者である。
最初の事件は2003年に起きた。イタリアのカステネドロという町で、ロベルト・モレニ、ジョバンナ夫妻が失踪。当初は単なる失踪事件かと思われた。
しかし自宅からは自殺をほのめかす手紙やカセットテープが見つかり、事態は急変。数日後には、自宅から60キロ離れたイセオ湖で有力な手がかりが発見される。
湖に潜っていたダイバーが湖底に沈む女性もののバッグを偶然発見したのだ。
中には財布や携帯電話、身分証明書などが入っており、それらから持ち主は失踪していた妻ジョバンナであることが判明した。
やはり夫妻は自殺したのか。警察は捜索範囲を広げ、周囲を丹念に捜索すると、バッグの近くから夫妻の車を発見した。
ところが、ここで新たな謎が生まれてしまう。車内からは夫のロベルトの遺体しか発見されなかったのだ。一緒に自殺したと思われた妻ジョバンナの遺体はどこへ消えたのか? 警察は周囲を必死に捜索したものの、結局ジョバンナの遺体を発見することはできなかった。
これにより、当初、自殺と思われたジョバンナに疑惑の目が向けられることになる。彼女は実は生きていて、夫を殺して逃げている可能性も考えられるようになったのだ。偽装自殺である。しかし警察はジョバンナの行方をなかなかつかめず捜査は難航。やがては迷宮入りまでささやかれるようになってしまう。
このような状況で救世主のように登場したのがマリアだった。彼女は「夫妻の霊から協力を求められた」という。その夫妻の霊から真相を聞いたマリアは、ジョバンナが自殺していることを見抜き、湖に沈んでいる遺体の場所もピンポイントで透視。
ところが警察はマリアの言うことを信じない。そこで彼女は民間の捜索団体「セビーノ」に協力を依頼。セビーノは水中の捜索を得意とし、水深500メートルまで潜れる最新の潜水ロボット「マーキュリー」号を所有していた。
そして2003年11月。マーキュリー号はマリアがピンポイントで透視した場所に潜ると、水深約150メートルの場所で、それまで行方がつかめなかったジョバンナの遺体をついに発見したのである。
この時の様子は、マーキュリー号に備え付けられていた水中カメラによって一部始終が記録されている。日本では「TVのチカラ」(2006年6月26日)や「トリハダ[秘]スクープ映像100科ジテン」(2013年10月29日)で遺体発見時の様子が紹介された。
ご覧になった方もおられるだろう。遺体にはモザイクがかかっていたものの、映像という証拠を突きつけられると有無を言わせぬ説得力がある。無論、ヤラセなどあり得ない。遺体はマリアが透視した、まさにその場所で発見されたのである。
この透視成功により、マリアの名はイタリア全土で知られることになった。ところが有名になると余計な誹謗中傷が増えるものだ。マスコミは当初、時の人となったマリアの透視成功を持ち上げたが、時間が経つと手のひらを返したようにバッシングを始めた。
いわく、「たまたま当たっただけだ」「マリアがジョバンナを殺したのではないか」などなど。こういった心ない誹謗中傷にマリアはひどく傷ついた。しかし、そんな時である。マリアの運命を決定づける、もうひとつの事件が彼女のもとへ舞い込んできた。
事件が起きたのは2002年11月30日の深夜。イタリアのデルヴィオという町で、当時30歳のキアーラ・バリッフィという女性カメラマンが姿を消した。キアーラは友人と飲んだあと、「家に帰る」と言って別れて以降、そのまま行方がわからなくなっていた。
心配した家族は警察に捜索を依頼。警察は当初、単なる家出だと考えた。ところがしばらくしてもキアーラは帰ってこなかったため、事件に巻き込まれた可能性も視野に入れて捜査が行われた。しかし懸命な捜査の甲斐もなく、キアーラの行方は一向につかめなかった。
そこでキアーラの両親が協力を求めたのがマリアである。当時、マリアはマスコミのバッシングを受けて傷心していたが、助けを求める声は無視できなかった。再び立ち上がった彼女はさっそく透視を開始。するとキアーラの霊がマリアのもとへ現れた。キアーラは亡くなっていたのである。車の事故だという。
キアーラの霊は自分の遺体の場所を教えるべく、マリアを導いた。そこはデルヴィオの町の近くにあるコモという湖だった。キアーラの遺体は、その湖に車と一緒に沈んでいるという。
その場所を教えてもらったマリアは、すぐに前回の捜索でタッグを組んだセビーノに協力を要請。
そして2005年9月11日。マリアの透視場所にマーキュリー号が再び潜ると、水深122メートルの場所でまたしても遺体を発見した。それは紛れもなくキアーラの遺体だった。
この発見を受け、警察は身元の確認と現場の検証を行い、遺体はキアーラのものだと断定。湖に落ちた事故現場もマリアの透視どおりで、後にそのあたりでは事故当時、大雨が降っていたことも判明した。大雨が事故の原因だったのである。
キアーラの遺体発見時の様子も水中カメラで記録されており、そこに疑いを挟む余地は一切ない。マリアの透視はまたしても見事に的中したのである。かつてこれほどピンポイントに遺体の場所を言い当てた超能力者がいただろうか? しかも2回続けてである。
マリアは自らの力で証明したのだ。彼女こそ本物を名乗るにふさわしい超能力者である。(以下、謎解きに続く)
Photo by 「TVのチカラ」(テレビ朝日、2006年6月26日放送)
Marco Morocutti「Un nuovo, triste fallimento per i veggenti “detective”」
(http://www.cicap.org/new/articolo.php?id=102095)
謎解き
マリアは、かつて日本で話題騒然となったクロワゼット級の透視を2度も成功させたことになっている。実績だけみれば、他の追随を許さない。史上最高の超能力者と呼べるかもしれない。
けれども、それは巷で言われる話をそのまま信じた場合である。話のもとになるのは超能力捜査を扱った番組であり、当サイトでこれまで何度も検証した結果から考えれば、簡単に信用するのはためらわれる。
そこで実際はどうなのか、以下で【伝説】を検証してみた。
ジョバンナ事件の真相
まずはジョバンナ事件。この事件は遺体発見時の映像記録が残っていることから、それだけで本当だと思ってしまいがちである。確かに、調べてみるとマーキュリー号が湖底に潜り、ジョバンナの遺体を発見したことは事実だということがわかった。
しかし、ここで重要なのは、その発見にどれだけマリアが関わったのか、という点にある。もし本当に彼女の透視をもとにピンポイントの場所で発見されたのであれば、【伝説】の信憑性はぐっと高くなる。
実際はどうだったのだろうか。捜索を担当した民間捜索団体セビーノの話を調べてみると、残念ながら事実は異なることがわかった。そもそもこの事件では、マリアは捜索に関わっていなかったという。
ジョバンナの遺体を捜索し、発見したのは、それまで120件の事件で遺体を発見してきたセ ビーノ単独によるものだったのだ。
セビーノは警察の捜索範囲よりさらに広い範囲を捜索することで遺体の発見につなげたという。以下は同団体の代表、レーモ・ボネッティーの言葉である。
マリアは後になって来たんですよ。すべてが終わったあとにね。
キアーラ事件の真相
続いてはキアーラの事件。こちらはジョバンナの事件とは違ってマリアが関わってくることがわかった。本来はこちらがメインとなる事件のようだ。調査結果を以下にまとめたので順番に見ていこう。
警察は当初、単なる家出だと考えていた?
警察が当初から考えていたのは事故の可能性だった。その理由は失踪した2002年11月30日深夜の天気にある。当時、デルヴィオの町からキアーラの自宅がある隣町のベッラーノの一帯は嵐に見舞われていた。大雨が降り、途中の道では土砂崩れが起きるほどだったという。
「TVのチカラ」や「トリハダ[秘]スクープ映像100科ジテン」では、この悪天候が判明したのは遺体発見後であるかのように放送していたが、そんな事実はない。最初からわかっていたことである。それでは事故の可能性が考えられたのであれば、その場所はどこだったのだろうか。実はこれも目星がついていた。以下はその場所である。
地図に赤丸で示した箇所が事故現場だと考えられたカーブ。地図のすぐ上にはキアーラが最後に目撃されたデルヴィオの町があり、下には自宅があるベッラーノの町がある。デルヴィオからベッラーノへ向かうには、地図の中央を走る一本道を行くしかない。これは地図の左側に広がるコモ湖の沿岸を走る道でもある。
事故が起きたと考えられる場所は、その道の最初のカーブにあたり、ここでは過去に何度も事故が起きていた。カーブの近くには、事故の犠牲者を弔う墓が3つ建っており、事故の可能性を考えるならば筆頭にあげられる危険な場所だった。
ましてや当日は大雨の嵐だ。現場には高さ80センチほどの石垣はあるものの、工事のために土砂が積まれていて、視界が悪い中で突っ込めば簡単に乗り越えられた。
よって警察はこのカーブ周辺の水中を捜索している。しかし捜索範囲とした数十メートル以内からは残念ながらキアーラの遺体も車も発見されなかった。そのため両親がマリアへ協力を要請することになったのである。
マリアはピンポイントで遺体の場所を透視した?
さて、事故現場は当初から有力視されていたことがわかった。問題は、水中に沈んでいるキアーラの遺体の場所をマリアは本当にピンポイントで透視したのか、という点に移る。
この真相を知るには、マリアが事前に示した場所と、実際に遺体が発見された場所を検証してみるのが一番だ。以下は、それぞれの場所を示した地図である。
1枚目の印が付けられた地図は、「TVのチカラ」や「トリハダ[秘]スクープ映像100科ジテン」でも紹介された。遺体が沈んでいる場所としてマリアが示したのは、地図の中央やや下の紺色の印が付けられた範囲である。一見するとどれくらい離れているかわかりづらいものの、この場所は事故現場から1.2キロ離れている。水深は400メートルだと透視された。
一方、実際に遺体が発見されたのは2枚目の地図で示した場所で、ここは事故現場から100メートル、水深は122メートルのところだった。比較していただければ一目瞭然のように、まったく一致しない。さすがにこれを「ピンポイント」というのは厳しいのではないだろうか。
当然、これだけ違えばすぐに見つかるわけがない。実際、マリアの透視をもとにした最初の捜索は2005年8月に失敗し、その後も失敗を繰り返しては範囲を広げるやり方で、ようやく2005年9月11日に遺体が発見された。
もちろんマリアが関わったことで再捜索が行われ、結果的にキアーラの遺体は発見されたわけであるから、その点は賞賛されて然るべきだ。けれども、それが超能力や霊能力によってピンポイントで発見されたものだと主張されるのであれば、その点には異論を差し挟まざるをえない。
遺体は誰も予想していなかった場所から発見されたのではなく、当初から有力視されていた場所の比較的近くから発見された。マリアの透視した場所はピンポイントではなかった。何度か失敗もしていた。そんな中での、おそらく偶然の発見であったことには留意しておきたい。
バッシングの根拠とされた記事
さて、最後は前述の2つの番組で紹介されたストーリーについて。そこでは次のようなストーリーが展開された。
- マリアがジョバンナの事件を解決し、一躍イタリアで有名になる。
- メディアは当初、マリアのことを持ち上げていたが、のちに手のひらを返したようにバッシングを始めた。
- マリアは傷心したものの、キアーラ事件で再び立ち上がり、その解決によって的外れなバッシングをしていた者たちを最終的に黙らせた。
これだけ見ると挫折と成功が織り交ざったいいストーリーのように見える。しかし、やや出来すぎている感も否めない。実際はどうだったのか。
1番についてはすでに記した。マリアのおかげでないならばイタリア中で話題になるとは考えにくい。そこで調べてみるとキアーラの事件に触れている記事は多い一方で、ジョバンナの事件に触れている記事はほとんどないことがわかった。そのため1で有名になったという話は誇張の可能性が高い。
しかし番組では2番でバッシングされたという記事をいくつか紹介していた。2013年10月29日に放送された「トリハダ[秘]スクープ映像100科ジテン」によれば、次の5つの記事がそのバッシング記事なのだという。(画面に映されたページをもとに私が調べた)
「Il ritrovamento di Chiara Bariffi (caso della “medium” Mariarosa Busi)」
「Coniugi scomparsi, il lago tradisce la sensitiva」
「Pronti a chiudere se la medium trova il bambino」
「Un nuovo, triste fallimento per i veggenti “detective”」
「Nessun miracolo nel ritrovamento Solo coincidenze」
番組いわく、これらはキアーラの遺体が発見される前に書かれたもので、内容は「ジョバンナの事件は偶然当たっただけだ」と批判しているそうだ。
本当だろうか。実際に確認してみよう。記事が書かれたのは、それぞれ「2005年9月26日」、「2006年11月26日」、「2006年3月26日」、「2006年8月2日」、「2005年9月14日」である。一方、キアーラの遺体が発見されたのは2005年9月11日。つまり、すべて遺体発見後に書かれた記事だということがわかる。
さらに内容を確認してみると、ジョバンナの事件を振り返って触れているのは最初の記事のみ(この記事もメインはキアーラの事件)。他では一切ジョバンナの事件のことは書かれていない。またジョバンナの事件に唯一触れている記事も、その内容は、前述のように「そもそもマリアは関わっていなかった」というものである。
番組では数秒紹介しただけの紙面だから、わざわざ検証する者はいないと思ったのだろうか。だが根拠にならないものを紹介しても意味はない。
なお、マリアは他にもイタリアや日本で超能力捜査を行っており、日本では奈良県で失踪した少女の行方を2006年に透視している。しかし、その透視結果は「ピンポイント」とはいかなかった。
残念ながら事件解決の役には立っていない。イタリアでの透視も同様だ。【伝説】のように当てることは、現実にはなかなか難しいようである。
【参考資料】
- 「TVのチカラ」(テレビ朝日、2006年6月26日放送)
- 「トリハダ[秘]スクープ映像100科ジテン」(テレビ朝日、2013年10月29日放送)
- Marco Morocutti「Il ritrovamento di Chiara Bariffi (caso della “medium” Mariarosa Busi)」(http://www.cicap.org/new/articolo.php?id=271851)
- Massimo Polidoro「Il caso della veggente detective」(http://www.cicap.org/new/articolo.php?id=101999)
- Giliberti Luigina「Spouses disappeared, the lake reveals the sensory」(http://archiviostorico.corriere.it/2006/novembre/26/Coniugi_scomparsi_lago_tradisce_sensitiva_co_7_061126043.shtml)
- Marco Morocutti「Un nuovo, triste fallimento per i veggenti “detective”」(http://www.cicap.org/new/articolo.php?id=102095)
※その他、本稿の調査にあたり、友人のドリス・ラヤ氏には大変お世話になった。彼女の協力無くして本稿の完成はなかった。記して感謝の意を表したい。