「自分の目で見たんだから間違いない」
「この目で見るまでは信じられなかったよ」
皆さんは、このような言葉を一度は聞いたことがあるかもしれません。超常現象などの目撃証言でも、こうした言葉を「自分の目で見たこと」=「絶対確かなこと」という意味で語る人は多いです。
しかし人間が見ている視覚映像というものは、現実をありのままにとらえているのではなく、実は脳というフィルターを通してとらえたものになっている、ということは意外と知られていません。
そこでこのページでは、実際に起こる錯視の例を紹介し、人間が脳というフィルターを通してものをとらえていることを実感していただけるようにしました。
驚異の錯視図形
まずは下の図形をご覧ください。
一見すると、何の変哲もない普通の図形に見えます。ところが、実はこの図形、驚くべきことにAのマスとBのマスが同じ色なのです。
いやいやいや……そんなわけはない? でも本当に同じ色なのです。
この錯視図形を作ったのは、マサチューセッツ工科大学のエドワード・エーデルソン教授。彼によるとAのマスとBのマスが違う色に見えてしまう理由は主に2つあるといいます。
ひとつは、Bのマスの周りが、より暗い色のマスで囲まれていること。これによりBのマスは本当は見た目より暗いにもかかわらず、周囲にあるマスと比較すると明るく見えてしまうのだそうです。
もうひとつの理由は、影の部分がぼやけていること。人間の視覚は影の境界がはっきりしているよりも、ぼやけているほうが影らしく見えます。
さらにこの錯視図の場合は右側に影をつくっている物体(緑色の円柱)も見えているため、よりいっそう「影の中にあるぞ」と脳が認識。その結果、この錯視図では影に惑わされ、影の中にあるマスの色を正しく決定することができなくなってしまうといいます。
移動の錯視
続いては移動に関する錯視。次の図をご覧ください。
丸い物体が左右に動いている……ように見えます。しかし実際は、丸い物体は左右に2つあり、その場で点滅しているだけです。本当はまったく左右に移動していません。
ところが人間はこのような動きを見せられると、物体は移動したのだと誤認してしまいます。物体と物体の間の動きを脳が補足してしまうからです。
その結果、超常現象が目撃されたとする報告では、本来は移動していないものが移動したと見なされ、物体が離れている場合は、「時速数百キロ」、「マッハ○○」、「地球上のどんな乗り物より高速」、「瞬間移動」などといった大げさな推測が出てくることにもなります。
もしそうした推測を前提に考えてしまうと、あっという間に超常現象は出来上がってしまいます。結論が突飛なものになる場合、前提を疑ってみるのもひとつの方法です。
出典:「北岡明佳の錯視のページ」
(http://www.psy.ritsumei.ac.jp/~akitaoka/amovement.html)
経験や知識が思い込みを生む例
次はこちらの動画をご覧ください。(説明は読まずに)
これはイギリスの心理学者、リチャード・ワイズマンによる動画です。普通に見ていると、次から次に常識とは違う展開が起こり、びっくりされた方もおられるかもしれません。(私も最初は驚きました)
それもそのはずで、これは物の大きさや遠近感に関して、人間が持っている知識や経験を逆手に取ったトリック動画として制作されたものだからです。
私たちは、椅子やコップ、絵といったものの大きさをある程度知っています。そのためそうした知識をもとに見かけ上の大きさから、物体までの距離を判断しています。こうした判断は、経験上、たいていは合っていて、日常生活ではほとんど問題が起きません。
けれども、今回のように「○○の大きさは○○くらいだ」といった予備知識や経験とは違うことが起きてしまうと、途端に物の大きさや遠近感は当てにならなくなります。私達は、必ずしもそうした大きさや遠近感を正確に判断できるわけではありません。
これは比較となる対象物がまわりにない場合でも起きやすいことが知られています。たとえば空や、背景が暗くなる夜などの場合。こうした比較となる対象物が乏しい場合、動画のように小さなものを大きいと判断してしまったり、大きなものを小さいと判断してしまったりすることもよく起こりえます。
また一方で下の図のように、周囲のものに影響されて、本当の大きさがわからなくなってしまう場合もあります。中心にあるオレンジの丸はどちらが大きく見えるでしょうか。
多くの場合、右の方が大きく見えると思います。ところが実際は、右も左も大きさはまったく同じです。違いはありません。でも右の方が大きく見えてしまうのは、周囲にあるものとの比較によって、大きさを錯覚してしまうからです。
このように大きさや距離に関する判断も過信は禁物です。
見ているものは変わっていないのに……
続いては下の画像。これをご覧になって、いったい何の絵かおわかりになるでしょうか。私はこの絵を初めて見たとき、何の絵かまったくわかりませんでした。
心理学者の菊池聡氏の著書『超常現象をなぜ信じるのか―思い込みを生む「体験」のあやうさ』(講談社)によると、大学生でテストした結果、8割以上の学生がすぐには何の絵かわからなかったといいます。確かに、白黒のまだら模様があるだけの、変な絵にしか見えないかもしれません。
ところがここで、次のように言われたらいかがでしょうか。
これは公園の中を向こうへ歩いていくダルメシアンの絵だ。
それまで意味不明だった白黒まだら模様の中から、ダルメシアンの姿が浮かび上がってきたのではないでしょうか。(左斜め後ろから見ている絵)
実は、この絵にダルメシアンの姿が見える前と後では、絵そのものには何の変化も起きていません。変わったのは、私たちの認識の方です。ダルメシアンを思い起こすことで、ただの白黒まだら模様に輪郭が加わり、犬が歩いて行く姿が浮かび上がってくるわけです。
こうした錯視は人の顔でもよく起こります。下の画像はキットカットの写真です。一見すると、ただの食べかけに見えますね。
しかし、ここにはキリストの顔が隠れているとしたら、どうでしょうか。それらしきものが見えるのではないでしょうか。
このような、本来ただの模様を何らかの意味のあるものに認識してしまう現象は「パレイドリア効果」と呼ばれています。火星の人面岩が人の顔に見えるのも、水星のクレーターに「にこちゃんマーク」が見えるのも、このパレイドリア効果の影響とされています。
人は脳というフィルターを通して見ている
さて、以上で紹介した事例は、人間が錯覚を起こす例のほんの一部にすぎません。
過信は禁物です。超常現象だとして報告される目撃情報は、すぐに一級の証拠として全面的に信用するのではなく、人は脳というフィルターを通してモノを見ているという認識を持って接し、一歩引いた冷静な扱いが望まれます。
【参考資料】
- Edward H. Adelson「Checkershadow Illusion」(http://persci.mit.edu/gallery/checkershadow)
- 菊池聡『超常現象をなぜ信じるのか―思い込みを生む「体験」のあやうさ』(講談社、1998年)