Step1(視覚編)


「自分の目で見たんだから間違いない」、「この目で見るまでは信じられなかったよ」

おそらく多くの人が上のような言葉を一度は聞いたことがあるのではないだろうか。超常現象などの目撃証言でも、こういった言葉を「自分の目で見たこと」=「絶対確かなこと」という意味で語る人も多い。

しかし・・・目で見たことは、そんなに確かなことなのだろうか?
この疑問に答えるべく、当視覚編では、いくつかの錯視図形を用いて「自分の目で見たこと」がどのくらい信用できるのか詳しく見ていくことにしたい。


驚異の錯視図形

まずは、右下の図形をご覧いただきたい。

これは今まで私が見た錯視図形の中で最も驚いたもの。
しかし、 ただ見せただけでは普通の図形にしか見えないと思うので、何が凄いのかというと・・・実は右図の「Aのマス目」「Bのマス目」は同じ色なのだ。

といっても、ほとんどの人は信じられないと思う。 ところが本当に同じ色なのである。
この錯視図形を作ったのは、
マサチューセッツ工科大学の
エドワード・エーデルソン教授。彼によると、Aのマス目とBのマス目が違う色に見えてしまうのには、主に2つの理由があるからだという。

まずは、Bのマスの周りが、より暗い色のマスで囲まれていること。
これによりBのマスは本当は見た目より暗いにもかかわらず、周囲にあるマスと比較すると明るく見えてしまうのだそうだ。

2つ目の理由は、影の部分がぼやけているからだという。人間の視覚は影の境界がハッキリしているよりも、ぼやけているほうが影らしく見え、さらにこの錯視図の
場合は右側に影をつくっている物体(緑色の円柱)も見えているので、よりいっそう
「影の中にあるぞ」
と認識してしまうそうだ。

その結果、この錯視図では影に惑わされ、影の中にあるマス目の色を正しく決定することができなくなってしまうという。

【※注】  実際に目で見ただけでは同じ色だと思えないという人は、
リンク先の画像を選んでクリックし、ダウンロード(右クリック→名前を付けて保存)したあと、ペイントソフトなどに付属しているスポイト機能を使ってAとBのマスのRGB値を計れば、この2つが同じ色だと客観的に確認することができる。


見えていたものが見えなくなる

続いては下の2つの画像で、とても面白いことが体験できるので紹介しよう。
まず右目を閉じて、左目で右側の猫を注意して見たら、顔を画面に近づけたり遠ざけたりしてみてほしい。すると上の画像では、あるところでハムスターが消える。下では、線の切れ目が消えて1本のつながった線に見える。


盲点その1


盲点その2


これは、ハムスターや線の切れ目が、網膜上の光を感知しないところ(盲点)に投影されるために起こる現象である。
しかしこの場合、ただ見えなくなるのではなく、視覚の欠けた部分は周りの視覚情報によって補われ、途切れのない視覚像を知覚することになる。

これは「盲点の補完」と呼ばれる現象で、もしこの仕組みがないと、片目を閉じた状態で見た場合、常に視界の一部が欠けて見えることになってしまう。


同じはずなのに

次は実際の線の長さは同じにもかかわらず、見た目には同じ長さに見えない錯視図を紹介しよう。

下の2つの図の中にある線の長さは、それぞれ同じ長さ。しかし左の図の場合は下の線より上の線のほうが少し長く見え、右の図の場合は水平線より垂直線のほうが長く見える。

ポンゾ錯視   フィック錯視

上の右側の図は「フィック錯視」と呼ばれるもので、この錯視は垂直線の方が水平線よりも目に労力をしいるために起こるとも説明されている。しかしこの錯視図を90度回転させて横倒しにしてしまうと、垂直線の方が長く見える現象は消えてしまうので、その理由だけでは説明しきれないとも言われている。

一方、左側の図は「ポンゾ錯視」と呼ばれる錯視図。これは2本の線の背景が遠近感をイメージさせるため、上の線は遠くにあるように、下の線は近くにあるように脳が補正してしまうために起こる錯視である。


視覚の恒常性

続いては視覚の恒常性について。恒常性とはある状態が一定に保たれることで、視覚についていえば、「網膜に映っているゆがんだ像」が脳によって自動的に補正される仕組みのことをいう。

これは例えば、テレビ画面を少し斜めから見た場合を考えるとよくわかる。このとき網膜に映っている像はそれなりに歪んでいるはずなのに、私たちが知覚している像はそれほど歪んで見えることはない。

また、ビデオカメラなどを持って歩きながら撮った映像は揺れ動いたりするので気持ち悪くなったりすることがある。同じように私たちが歩いたり走ったり、寝転がったりすれば、網膜に映っている像も激しく揺れ動くはずである。

しかし私たちは視覚が揺れ動いているとは感じず、周囲の風景を安定して見ることができる。これは脳が歪んだ像を自動的に補正する視覚の恒常性のお陰なのだ。


見ている絵は変わっていない

続いては視覚の恒常性と同じく、私たちがモノを見るときに脳というフィルターを通して見ていることがよくわかる錯視図を紹介しよう。

まず右の絵をご覧いただきたい。これが何の絵かおわかりになるだろうか? 私がこの絵を初めて見たときは何が何だかわからなかった。
このページを作成するにあたって参考にさせていただいた超常現象をなぜ信じるのか―思い込みを生む「体験」のあやうさ菊池聡(講談社)によると、大学生でテストした結果、八割以上の学生がすぐには何の絵かわからなかったという。

しかし、これは「公園の中を向こうへ歩いていく
ダルメシアンの絵だ」
と言われたらだろう(左斜め後ろから見ている絵)。それまで意味不明だった白黒まだら模様の中から、ダルメシアンの姿が浮かび上がってきたのではないだろうか。

ここでは、先ほども書名を挙げさせていただいた『超常現象をなぜ信じるのか』
(講談社)に、この錯視のわかりやすい説明があるので引用しよう。

「この絵を『予備知識なしで初めてみたとき』と『ダルメシアンの絵』と
いう知識をもって見た後で、目に入る光学情報に何か変化があるので しょうか?
 目がとらえているまだら模様は何も変わっていません。変わったのは私たちの知識と、それにもとづいて絵を見ようという『予期』だけです。
予期によって、ダルメシアンについての知識が呼び起こされ(活性化され)、それにもとづいて絵を見ようという知識の構えが形成されます。
その結果、知覚は『全くわからない』から『ダルメシアンの絵』へと劇的に変化しました」


私たちが見ている絵はまったくく変化していないにもかかわらず(ここが重要)、脳というヒィルターをとおして見た知覚は、これほど変化するもののようだ。

ちなみに、こういったモノを見たり考えたりするときに枠組みとなる知識(この場合はダルメシアン)のことを、認知心理学では「スキーマ」と呼ぶ。

また引用中にある「予期」は、スキーマから自然に発生することもあれば、この絵のように「これは○○の絵だ」と外部から誘導されて形成されることもある。
この予期によって知覚が変化してしまう例が多く知られているが、典型的なものとしては、見方によって違ったものが見える「多義図形」がある。


同じ絵が違って見える

右の絵をご覧いただきたい。

ラットマンこれは「ラットマン」と呼ばれる有名な多義図形で、見方によって人の顔に見えたりネズミに見えたりするものだ。
アメリカのニューヨーク州立大学バッファロー校で行われた実験によると、右の一連の絵を見せたあとにラットマンの絵だけを見せると、90%もの人が人の顔をいくつも見たあとではラットマンを人の顔に、動物の絵をいくつも見たあとではネズミだと思ったそうだ。予期によって知覚が変化しまったのである。


ありのままを見ているわけではない

このページで紹介した事例は、人間が錯覚を起こす例のほんの一部にすぎない。しかしそれでも「人はありのままを見ているわけではない」という大事な部分を理解していただけたら嬉しい。状況によっては、色や長さを正しく知ることができなかったり、与えられた情報や持っている情報によって同じ絵が違って見えたりすることもあるのだ。

過信は禁物である。超常現象などの目撃情報などでも、すぐに一級の証拠として扱うのではなく、人は「脳というフィルターを通してモノを見ている」という認識を持って接し、一歩引いた冷静な扱いが望まれる。