犯人の顔をモンタージュする「ナンシー・マイヤー」

伝説

2002年3月2日、日本テレビで超能力者による未解決事件の透視番組が放送された。この中で正確な透視によって人々を驚かせたのは、数々の未解決事件を解決へと導いてきた超能力者、ナンシー・マイヤーである。

ナンシー・マイヤー

ナンシー・マイヤー
(出典:「Nancy Myer, une médium reconnue au service de la police」)

彼女の超能力は犯人の顔を透視するというもので、その正確さゆえに「マダム・モンタージュ」の異名を持つ。これまでに450件中350件もの事件を解決しているという。

彼女が関わった中でも、最も有名なものは「武富士強盗殺人・放火事件」の透視である。この事件は犯人逮捕への手がかりがつかめず、一時は迷宮入りをささやかれたほどだった。

ところが2002年3月2日、ナンシーがテレビで犯人の顔を透視しところ、その翌日に犯人に任意同行が求められ、二日後の3月4日には犯人が逮捕されるという急展開があったのである。

さらに驚くべきは、警察が発表していた似顔絵より、ナンシーの透視した犯人の似顔絵のほうが似ていたことである。また顔の透視だけでなく、現場に残った残留思念から、犯人の行動や犯行の動機まで透視。こちらも見事に当てている。

これほど見事に透視を成功させたナンシー・マイヤー。近い将来、日本の警察が彼女の驚異の透視能力に頼る日も、そう遠くはないと考えられている。(以下、謎解きに続く)


Photo by 「Nancy Myer, une médium reconnue au service de la police」(http://documystere.com/fantomes-demons/nancy-myer-une-medium-reconnue/)

謎解き

「武富士強盗殺人・放火事件」の犯人が逮捕されてから、もう10年以上が経つ。いまだにナンシー・マイヤーが出る番組では、この事件の透視を宣伝し、見事に事件解決へと導いたかのような放送を行っている。

ところが詳しく調べてみると、この事件でナンシーは役に立っていないようなのだ。一体、どういうことか。以下で詳しく見てみよう。

事件の概要と警察の捜査

まず前提として、事件の概要を振り返り、その後に警察がどのような捜査を行ったのか紹介しておきたい。

2001年5月8日の午前10時50分ごろ、青森県弘前市にある消費者金融「武富士弘前支店」に男が押し入り、店内にガソリンを主成分とする混合油をまくと「金を出せ」と要求。店員が断ると火を放ち逃走した。火はすぐに店内に燃え広がり、従業員5人が死亡。4人が重軽傷を負う惨事となった。

弘前署に捜査本部が設置されたのは、そのすぐ後である。事件発生から約9時間後には、犯人の似顔絵を公開。この似顔絵は捜査員による手書きで、結果的に3種類作られる似顔絵のうち、最初に作成されたものだった。

2番目の似顔絵は事件発生から二日後の5月10日に作成されている。これは最初の似顔絵をもとに描かれたもので、より具体的になり色もカラーになった。

3番目に作成された似顔絵はテレビでも放映され、武富士のティッシュにも入れられたCGによる似顔絵である。この3番目のものは結果として最も有名となり、犯人逮捕までに3億1500万個も配られている。

こうして警察の捜査は、犯人の似顔絵も利用しながら250人体制で進められ、事件発生から7ヶ月後の2001年12月下旬、ついに犯人の手がかりをつかむことに成功する。

きっかけは犯人が現場に残していった新聞紙である。この新聞を捜査員が1枚1枚、1文字1文字、徹底的に調べた結果、ある重要な事実に気付いたという。新聞の欄外の丸数字など、配達地域によってインクのにじみや形が違っていたのだ。

さらに詳しい調査が進められ、現場に残されていた新聞のインクのにじみ、形、そして記事、広告の内容から完全に一致する地域として、青森県浪岡町浪岡、稲村地区が割り出された。

その後、年明けの1月、稲村地区での絞り込みが行われた結果、目撃情報に該当する車を所有し、似顔絵に対して捨てきれない程度に似ていた、小林弘光容疑者が最重要参考人として浮上する。

この小林容疑者は借金に困り自己破産申告をしていたことが判明。さらに犯行後に犯人が青森テレビに送った手紙と、小林容疑者が書いた履歴書や自己破産申請書の筆跡も一致することがわかった。

そのため、この時点で捜査陣にとっては犯人が「誰か」ではなく、犯人を「いつ」逮捕するかということに問題は移っていた。つまりこの1月の段階で、犯人は特定されていたのである。

ナンシー・マイヤーの透視

以上をご覧いただいたうえで、ナンシー・マイヤーが行った透視を検証してみたい。まず犯人の似顔絵については、ナンシーが発表するよりも前に、上述のとおり警察は3種類もすでに似顔絵を発表していた。

このうちナンシーの透視した絵を宣伝するときに比較されるのは、3番目に作成されたCGによる似顔絵である。これは彼女の絵と比べると目が犯人と似ていない。

しかし最初に作成された手書きの似顔絵は、犯人の大きな目の特徴をよく捉えており、3番目のものより目元や、頬、鼻などが似ている。ではCGによる似顔絵のほうは全く犯人と似ていないのか言うと、そうでもない。目元は似ていないが、口元は犯人の特徴をよく捉えており、非常に似ている。

つまり総合して考えると、警察が最初に発表した手書きの似顔絵と、その後に作成されたCGによる似顔絵を足して2で割ると犯人の顔に比較的似るのである。そして、その顔こそ、ナンシーが透視した絵とよく似たものでもあった。

ナンシーは警察の似顔絵を参考に、透視した絵を描いた可能性も考えられる。これは似顔絵が似ていない点を見てもわかる。実は警察発表の似顔絵は、眉毛が3枚ともすべて似ていない。

実際の犯人の眉毛は太く短いのに対し、似顔絵は全て細く長いのだ。一方でナンシーの透視をもとに描かれた犯人の絵も、同じように眉毛は細く長いのである。つまり参考にしたがために、結果的に仲良く同じ所を間違えてしまったとも考えられるわけである。

動機と犯行状況

続いては、ナンシーの他の透視を検証しよう。後の超能力捜査官シリーズの番組では一切触れないものの、動機や犯行状況についても彼女は透視している。

以下はナンシーの行った透視と、実際の動機や犯行状況の比較である。(※スマホなどで閲覧の場合、以下の表は画面を横にすると、あまりはみ出さず読みやすい)

ナンシーの透視 実際の行動
犯人は犯行前に何度も下見に来ていた。
事件当日は、現場の目の前にある道路を挟んだ向かい側の路地から歩いて現場に向かった。
下見に来たのは前日に一度だけ。
事件当日は、武富士の入った建物の地上階にある駐車場に車を停めた。向かい側の路地から歩いてはいない。
犯人は青い袋を手に持っていた。
その袋の中にはガソリンの入った二つのプラスチック容器が入っていた。容器は現場に捨て、火災の影響でとけてしまった可能性がある。
実際に持っていたのは「金属製」のオイル缶で、数は一つだけ。青い袋も持参していなかった。
犯行の動機は、父親の借金。
父親は借金返済に困ったため、代々伝わった農園を手放すことになった。
そのショックもあり父親は死亡。犯人は尊敬していた父の死を消費者金融のせいだと思い込み、その腹いせに事件を起こした。
動機は犯人が競輪でつくってしまった借金のカタとして、自動車金融に車を取り上げられそうになったため。父親のことは、まったく関係なかった。
犯人は、犯行後に野次馬の中にいた。 犯行後、すぐに帰宅。素早く逃走したため検問にも引っ掛からず、昼前には自宅に戻っていた。
犯人の手がかりは、放火したときに左手首付近から肘の方向へ負ったヤケド。
犯行後、現場近くの小屋のような場所に戻ってアロエの薬で治療した。ヤケドの影響で、一週間近く仕事を休んだ。
ヤケドは負わなかった。一週間近く仕事を休んだりもしておらず、事件の翌日も平然と出勤していた。
犯人は農園を経営している。 実際はタクシー運転手。
犯人が住んでいるのは弘前市内。 実際に住んでいたのは浪岡町。

いかがだろう。この比較表をご覧いただければわかるとおり、ナンシーの透視はすべて外れている。しかし番組ではこの透視については一切触れないため、彼女の本当の的中率は視聴者に知られないようになっている。

ちなみに、この透視を放送した際、一緒に出演していた超能力者のジム・ワトソンは、犯人にはヤケドの跡あると語り、別の超能力者ジョー・マクモニーグルは、彼女(ナンシー)は正確な情報をたくさん伝えていると語っていた。

任意同行が3月3日になったわけ

最後は犯人に任意同行を求めた日が放送の翌日となった理由について書いておきたい。結論から言ってしまえば「偶然」ということになる。

上でも書いたとおり、警察はすでに2002年1月中旬の段階で犯人を特定していた(ナンシーの透視が収録されたのは 2002年の2月10日)。警察からすればすぐにでも逮捕に踏みきりたいところだったものの、検察は物証が焼き尽くされた状況を重視し、公判での万が一の困難を懸念して逮捕に関して慎重な姿勢を見せた。

警察の役割は犯罪を検挙し、検察に送ることである一方、検察はその後、公判で犯罪を立証し、有罪を勝ち取ることが役割である。公判が維持できない状況では逮捕への許可は下りない。

2月に入ると青森地検はこの件に関して仙台高検と何度も協議を重ねた。しかし慎重な姿勢は変わらなかった。そこで県警は警察庁刑事局の了承という切り札を使う。決行日は当初、3月1日に定められた。

これに対し地検は、「マスコミには情報を漏らさない」「午後10時までには自供を引き出す」などの条件を提示。その調整が行われた結果、任意同行を求めるのは3月3日へと延期になったのである。

なお犯人から自供を引き出したのは、3日の午後9時すぎ。自宅から押収された便箋に残った筆跡と、事件後に青森テレビに送った手紙の筆跡が一致することが示されたときだった。

そのようなわけで、放送と犯人の任意同行、そして逮捕が近かったのは全くの偶然である。そもそも、警察はナンシーが透視を行うよりも前に犯人を特定していた。

その手がかりとなったのは現場に残された新聞であり、その新聞を詳細に調べた結果、地域によってインクの滲み方が違うという微細な事実に気付いたことだった。この警察の執念は賞賛されるべきだろう。しかし残念ながら、そこにナンシーの出る幕はない。

【参考資料】

  • 「緊急来日!? FBI超能力捜査官 未解決事件に今夜迫る」(日本テレビ、2002年3月2日放送)
  • 「緊急再来日!? FBI超能力捜査官第2弾 未解決事件に今夜迫る」(日本テレビ、2002年9月7日放送)
  • 千葉良昭『追跡!似顔絵捜査官』(KKベストセラーズ)
  • 『東奥日報』(東奥日報社)
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