カブレラ・ストーン


伝説 1961年、いつもは一年中ほとんど干上がっているイカ川が氾濫し、あたり一帯が水浸しになった。それは南米ペルーのアンデス地方にとって数十年ぶりの大豪雨だった。突然の大奔流となったイカ川はオクカヘ砂漠の砂を海へと押し流し、それとともに深い地層から奇妙な絵が彫りこまれた石が発見された。

カブレラ・ストーン石は半ば砂に埋まっていた状態で岸辺に散らばっていた。発見者は地元の農民である。この石の奇妙なところは、南米では生息するはずのない動植物や、今から6500万年前に絶滅したとされている恐竜の絵が描かれていたことだ。

この石の製作者は、実際に恐竜を見たのだろうか?

また天文学の知識がなければ描くことができない絵や、心臓移植などの外科手術、大陸が分裂し移動している絵など、高度な文明を持っていたことを示唆する石も見つかっている。

しかし、中には事実を認めたがらない人間もいるものだ。かつてイギリスのBBCテレビで放送された「偽造説」を真に受け、これですべて説明がつくと思っている連中がいるのだ。

だがこの説には無理がある。1966年12月11日、リマの日刊紙『ディアリオ・エル・コメルシオ』に「オクカヘ砂漠の謎の石」と題する記事が掲載された。記事を書いたのは、ペルー工科大学学長だったサンチアゴ・アウグスト・カルボとペルー国立考古学研究所のアレハンドロ・ペシアの二人。彼らはプレインカ時代の墓から、副葬品として納められた「カビレラ・ストーンと同種の石」を発見しているのだ。この一点だけでも、偽造説が破綻していることは明らかだろう。

しかし、これだけではない。考古学者アルトゥーロ・カルボがマックス・ウーレの丘でさらに100個ほどの同種の石を発見し、石の分析をペルー工科大学工業研究所に依頼しているが、同研究所に在籍するフェルナンド・デ・ラス・カサス博士とセサル・ソティーヨ博士が責任者となって作成された鑑定書によれば、絵が刻まれたのは少なくとも1万2000年以上前という鑑定結果が出た。鑑定書のオリジナルは、ペルー工科大学へ行けばいつでも閲覧することができる。

カブレラ博士またこの石を1万1000個も収集し、私設博物館まで作ったジャンヴィエル・カブレラ・ダルケア博士(「カブレラ・ストーン」は彼の名にちなんでいる)も1967年6月、マウリシオ・ホッホシルト鉱業会社に石の分析を依頼しており、同社副社長のルイス・ホッホシルトが自ら責任者となり、同社随一の地質学者エリック・ウルフ博士に分析を依頼した結果、1万2000年以上前という鑑定結果が出た。

この結果に驚いたのはウルフ博士自身だ。彼はカブレラ・ストーンを、ボン大学鉱物学・岩石学研究所のヨーゼフ・フレッヒェン教授に送ると、自分の鑑定とは別に、彼にも鑑定をしてもらった。

結果はやはり驚くべきものだった。ここでも少なくとも1万2000年以上前という鑑定結果が出たのだ。先入観をなくし、目の前にある事実に目を向ければ、カブレラ・ストーンは間違いなく正真正銘のオーパーツだと言えるだろう。

 


 

謎解き この「カブレラ・ストーン」は別名「Ica(イカ)の石」としても有名で、2004年8月26日にフジテレビの『奇跡体験!アンビリバボー』でも紹介され、大きな話題を呼んだ。

番組曰く、「考古学の常識を根底から覆す大発見」だというが、現実に考古学会に認められないのは、「自分たちが今まで教えてきたことが根底から覆されることを恐れ、その事実を認めない」せいだという。

本当だろうか? 認められなかったり相手にされないのは、何か大きな欠陥があるからではないだろうか。詳しくは以下で見てみよう。

 

鑑定結果は信頼できるのか?

カブレラ・ストーンの「偽造説」を退ける最も強固な証拠は、「1万2000年前」に作られたという複数の鑑定結果である。
この鑑定結果自体は事実で、「コソ加工物」のような怪しい話とは違う。しかし鑑定結果は事実でも、その結論が正しいとは限らないことは「アカンバロの恐竜土偶」で書いたとおりである。

そして同ページでも触れたとおり、土偶や石のような「無機物」は年代測定ではおなじみの「炭素14法」は使えない。また土偶では(欠点がありつつも)使い道のあった「熱ルミネッセンス法」も、石の年代測定には使えない。

となると通常の考古学では、どうやって石の年代を測定しているのだろうか?
それは地層である。発掘された石が埋まっていた地層を調べ、年代を割り出すのだ。(一緒に埋まっていた有機物(木片など)があればそれを鑑定することもある)

ところがカブレラ・ストーンは、地中に埋まった状態で発掘されたことが一度もない。すべて地元の農民が「発掘した」と言ってるのを受け取っているだけなのである。
この信じられないほどいい加減な状況では、埋まっていた地層から年代を割り出すという方法は使えない。

それでは、伝説で書いた年代は一体どういう方法で測定されたのだろうか?

実際に用いられた方法は、「石の表面を覆う酸化層を分析する」という方法だった。しかしこの分析法には大きな欠点がある。発掘された現場の状況や、地層の状態、発掘されてからの保存状況など、詳しいことが分からなければ正確な年代測定は不可能なのだ。

よく思い出してみよう。上で書いたとおり、発掘状況に関する情報は恐ろしくいい加減である。 言いだしっぺである農民以外は、誰も地中に埋まった状態のカブレラ・ストーンを見たことがないのだ。しかもその農民というのは、後で述べるように「ニセモノを作って金儲け」をしている者たちなのである。

(「発掘した」という話自体、著しく信憑性に欠けるが)、百歩譲って地中に埋まっていたとしよう。しかし、こんな発掘された現場の状況も分からないければ地層の状態も分からない状況では、石が周囲からどんな影響を受けたのかまったくわからない。

本来ならそこを一番考慮しなければならないはずなのに、伝説で書いた鑑定ではそういった考慮は一切されていない。というより、そこを考慮してしまったらカブレラ・ストーンの年代測定はできなくなってしまう。

伝説で書いたことから「年代測定」という権威付けをなくしてしまったら一体何が残るだろうか? 残るのはチャチで下手な絵が刻まれた石と、著しく信頼性に欠ける発掘話だけである。

ちなみにこの鑑定法では、石を火の中で焼くことで古い年代を出すことが可能である。そして実際、この方法を使ってカブレラ・ストーンを作っていたと告白した人物がいるのだ。次はその件について詳しく紹介しよう。

 

バジリオ・ウチュヤの告白

1977年、イギリスのBBCテレビで『古代の宇宙人飛行士の実情』というドキュメンタリー番組が制作された。この番組ではカブレラ・ストーンの真相を探り、ある一人の農民を見つけた。

彼の名前はバジリオ・ウチュヤ。「カブレラ・ストーンは実は私が作ったニセモノ」だと告白した人物である。(実際にイカサマを行っていたのは、彼の他にも妻のイルマ・グチエレス・デ・アパルカナがいる)

ウチュヤによれば、石は歯医者が使うドリルを使って削っていたという。また色は靴墨を使って黒くし、ロバや牛の糞の中で焼くことで古色蒼然とした古い外観に見せかけていたという。

この糞の中でカブレラ・ストーンを燃やすカマドの写真は、『失われた世界への旅』(オービス・パブリッシング【著】 同朋舎出版)の79ページに掲載されている。

また、BBCテレビのスタッフがカブレラ・ストーンを貰って帰り、ロンドンの地質科学研究所で詳しい調査をしてもらったところ、彫刻の切り口がシャープすぎて、古いものなら当然あるはずの磨耗の類が無いこと、古びて見せる為に着色をした跡が見つかったことなどから、「比較的最近作られた偽造品である」との鑑定結果を出している。

さらにこれとは別に、スペインのバルセロナでホセ・アントニオ・ラミチ(「Hipergea」というスペインの研究グループの創設者)によって行われた鑑定でも、ロンドンの地質学研究所が見つけたものと同じようなイカサマの跡を見つけ、「最近作られた偽造品」という鑑定結果を出している。

 

偽造説への反論

これらの鑑定結果について、カブレラ・ストーンを信じている人たちは知らないわけではない。「最近作られた偽造品」という鑑定結果が出たことも知っているし、バジリオ・ウチュヤの存在も知っている。というより、ウチュヤにニセモノの製作を勧めたのはカブレラ博士本人なのだという。では博士もイカサマ師だったのだろうか?

いやそうではない。『奇跡体験!アンビリバボー』にも出演していた浅川嘉富氏が書いた『恐竜と共に滅びた文明』(徳間書店)によると、1970年代の初め、ウチュヤは盗掘の疑いをかけられ警察の取調べを受けたことがあったという。

困惑した彼はカブレラ博士のところに相談に駆け込んだ。(そのころ既に、博士とは石を売り買いする仲だった)
相談を受けた博士は、「以後のこともあるので、自分のところへ持ち込んでいる石は、あなた自身が彫った偽物だということにしてはどうか」と一計を授けた。

ウチュヤはその案を受け入れたが、偽物で押し通すには、彼自身がそれを作る技術を身につける必要があった。それが、ウチュヤが偽物作りを手がけるキッカケになったのだという。そしてその後、ニセモノ作りが金になることを知ったウチュヤは、発掘の合間に副業に精を出すようになっていった。

ところがこの話を聞いた浅川氏には一つの疑問が浮かんだ。もしこれが事実なら、それ以降カブレラ博士のもとに持ち込まれた石は、信憑性に欠けることになるのではないか?(普通に考えるならそれ以前も怪しいと思うが)

「だがウチュヤは心得たもので、継続的に買い求めてくれるカブレラ博士にはオクカヘ砂漠から探し出した本物を渡し、ニセモノを渡すことはなかったらしい」(『恐竜と共に滅びた文明』(徳間書店)からの引用)


さらに、それを証明する客観的な事実もあるという。ウチュヤが作った偽物と本物との違いが歴然としており、彼が作った模造品は、素人目にも明らかにニセモノだとわかるほど駄作だったというのだ。

そして本物と偽物を見分けるには次の3つの方法があるらしい。

  1. 本物の石はすべて溝の深さと幅が均一だが、偽物にはばらつきがある。
  2. 偽物には、勢い余って飛び出した彫り傷が所々に見られるが、本物にはほとんどない。
  3. 恐竜などの絵図に丸や四角が描かれているものがあり、偽物は、こうしたものの雑さが目立つ。


一見するともっともらしい。しかしこの鑑定法は有効なのだろうか?
それを知るには、実際にカブレラ・ストーンの実物を観察し、カブレラ博士本人にも話を聞いた、超常現象研究家の南山宏氏の著書『超古代文明論』(徳間書店)を読めば分かる。

この本では、南山氏と同じく超古代文明肯定論者である作家の高橋克彦氏との対談形式で話が進むのだが、その中の79ページから81ページにかけて「私は自分で信用したものしか読者に提供しない」と題して、カブレラ・ストーンが非常に怪しいオーパーツであることが語られている。

以下に該当箇所を引用しよう。

「私はできるだけ自分で直接取材して判断するようにしているんです。中には現地取材までしたんだけど、どうも怪しくて記事にしなかったというオーパーツもあるんですよ。そういう怪しいものまで載せたら他のものまで偽物だと思われかねないですから。

 最近文藝春秋が『ICA 模様石に秘められた謎』という本を出したんですが、(中略)実は私はこれは怪しいと思っているんです。今からもう20年近く前になるんですが、私もこの模様石を現地まで調べに行ってますし、これを収集しているカブレラ氏にも直接取材しています。

 で、どう怪しいかと言うと、まず掘り出された経緯が良くない。農民が掘り出したというものを受け取っているだけなんです。並べられているものを見ていると、普通の自動車が描かれたものが混ざっていたんです。そこで、「いくら何でもこれが古代のものなんですか」と尋ねると、
「これは偽物です」と言って割って見せるんです。さらに割ったものの表面を指して、「偽物はこのように染料が表面の浅い部分にしか染みていないのですぐわかります」と言い張るんです。

 でも、本物と言われるものは割って見せてはくれないんですよ。だからそれも比較して確認することはできないんです。そうやって、恐竜や古代地図など本物らしい図柄のものだけ残して、自動車が描いてあるようなのは偽物だからということで割ってしまうわけです」


いかがだろうか。
これを読めばわかるとおり、実際のカブレラ・ストーンにおける「本物」「ニセモノ」の見分け方とは、単に「見かけがニセモノっぽい」というものを主観的に判断して見分けるというものなのだ。著しく客観性に欠けるのは言うまでもないだろう。

 

恐竜土偶との類似

最後は伝説でも紹介した「プレ・インカ時代の墓から同種の石が発見された」という話と、カブレラ・ストーンに関わる話とアカンパロの恐竜土偶との類似について書いておこう。

まずは伝説の真偽に関して。
「プレ・インカ時代の墓から石が発見された」という点は事実である。しかしこの石が「カブレラ・ストーンと同種の石」なのかといえば、それは違う。

この問題の石は、上でも紹介した浅川氏の著書『恐竜と共に滅びた文明』(徳間書店)の27ページに、ペルーの有力紙『ディアリオ・エル・コメルシオ』で紹介された写真が掲載されている。普通なら、「カブレラ・ストーンと同種の石が発見された」などと言われれば、恐竜の絵でも描いてあるのかと期待するだろうが、実際に石に彫られているのは「星型のような」わけのわからない絵である。

カブレラ・ストーンとの共通点を強いて挙げるとすれば、石に模様が彫られているという点だけだ。これで「カブレラ・ストーンと同種の石が発見された」などというのは、こじつけ以外の何ものでもないだろう。

続いては、「カブレラ・ストーンに関する話」「アカンバロの恐竜土偶」との類似についてである。実際この二つは共通点が多いため、同時に紹介されることが多い。
ところが懐疑論者から見るとこの二つは、信頼性に欠ける年代測定やチャチで下手くそな絵という共通点を持っている。

またこれは肯定論者の意見だが、イカサマを行ったと疑われている人物は「無学で教養がないのでイカサマは無理」だと思われている。

カブレラ・ストーンの信奉者は大抵つぎのように言う。

「ニセモノを作っているのは無学な農民である。彼らに恐竜の絵や、心臓の絵などを描くことができるはずがない」


これは本当だろうか? 実際には旅行者の「おみやげ用」にニセモノを作って収入を得ている農民は多くいる。
実際に商売として成り立たせている彼らは、本当に「無学」なのだろうか? 商売としてやっている以上、少しでも多く売れるようにイカサマのテクニックを磨くのは、当然のこととしてやっているのではないか。

第一、あのチャチで下手くそな恐竜の絵を描く程度なら、図鑑か、もしくは恐竜が載っているマンガや雑誌が一冊あれば十分である。
そして絵を真似るだけなら、読み書きなどできなくても全く問題ないだろう。(実際のところ、カブレラ・ストーンには文字などは一切書かれてない)

イカサマの主犯格だと言われているバジリオ・ウチュヤにしても、当初からカブレラ博士と石の売買を行っていた。決して無料で石を寄贈していたわけではないし、博士がイカサマを勧める以前からカブレラ・ストーンを売りつけていたのだ。

また健全な懐疑精神を持っているならば、ニセモノ作りが金になるとわかった後にイカサマに精を出すような人間なら、「当初から博士に石を売りつけていた」―つまり最初から金になることはわかっていたという事実に目を向け、博士に勧める以前からイカサマを行っていたのではないかと、もっと疑ったほうがいい。

ウチュヤが作ったものはハッキリ偽物だとわかるという点についても、実際に博士公認でイカサマが行えるようになったとして、それまでと同じような精度で偽物を作ったりするだろうか?

同じ精度で作ってしまったら、以前からある石も偽物だと疑われてしまうのは明らかだろう。ならばわざと雑に作り、「本当のニセモノ」がバレないようにするのがイカサマ師としては普通のことではないだろうか?

なにしろそれは、博士が金を出して買ってくれる貴重な金ヅルなのだから。

 

白黒つかない

ここまで色々書いてきた。しかし結局のところ、懐疑論者にとっては限りなく黒に近く怪しいと思われていても、信じている人たちにとっては別の説明や言い訳もあり、カブレラ・ストーンについて真相がハッキリ白黒つくことはないと思う。

石の発掘場所が不明だと上で書いたが、実は「洞窟で見つかっている」という情報があった。その情報元はバジリオ・ウチュヤなので信頼度は著しく低いが、唯一ハッキリと場所が分かっていたのはこの洞窟だけだった。

しかしこの洞窟の場所を知っていたのは、バジリオ・ウチュヤとカブレラ博士の二人だけである。そしてウチュヤは2003年12月29日に、カブレラ博士は2001年にこの世を去った。

つまり、発掘現場だと「言われていた」場所を知っている人間はもう誰もいないのである。その発掘現場が本当かどうかも確かめられないし、万が一本当だったとしたら出来たはずの正確な年代測定も不可能となってしまった。

これでは新しい年代測定法でも開発されない限り、カブレラ・ストーンが本物だと認められることはないだろう。