
今から約1万2000年前、現代文明をはるかに凌ぐ「アトランティス」と呼ばれる超古代文明が大西洋に存在した。このアトランティスについて最初に語ったのはギリシャの哲学者プラトンで、彼はこの伝説について『ティマイオス』と『クリティアス』という2つの著書に書き残している。
伝説によれば、アトランティスは、リビアとアジアを合わせたほどの大きさがあり、場所は「ヘラクレスの柱の外側」にあった。そしてこの大陸に住むアトランティス人は、非常に徳が高く、聡明で、テレパシーも使い、「オリハルコン」と呼ばれる超金属を自在に操っていたという。ちなみにこの金属の性質について『クリティアス』の中では、「オリハルコンは飛行船を宙に浮かせる事が出来る」と書かれている。
またこのアトランティスでは、オリハルコンをもとに、飛行機、船舶、潜水艦などが建造され、テレビ、ラジオ、電話、エレベーターが普及しており、エネルギーはレーザーを用いた遠隔操作によって供給されていた。
しかしこれだけ高度な文明を持っていたアトランティスだが、今から約1万2000年前に大地震と大洪水が大陸を襲い、わずか一昼夜のうちに海中に没し、姿を消してしまった。
したがって、残念ながらアトランティス文明は現存こそしていないものの、プラトンはこのアトランティス伝説について、「全面的に真実の話」であると述べているし、近年では、この伝説を裏付ける証拠が数多く挙がっていることから、この超古代文明が実在したことは疑いの余地がないといわれている。
【イラスト引用元】
『ミステリアス―謎学・解明されざる不可思議 PART4』 フランシス・ヒッチング【著】(大日本絵画) P.191
「アトランティス」といえば、超古代文明の中では最も有名なものである。この伝説をご存知の方も多いだろう。しかし、この伝説のもとになったプラトンの『ティマイオス』と『クリティアス』については、ほとんどの方はご存知ないし、読んだことがある方も非常に少ないと思う。
実際のところは、現在巷に流布している伝説の多くはプラトンのアトランティスからは大きく逸脱し、勝手に独り歩きを始めているような状態だ。
そこで以下では、このアトランティス伝説の最初にして唯二の原典である、プラトンの『ティマイオス』と『クリティアス』を主に参考にしながら、伝説の真相を探っていくことにしよう。
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上でも少し書いたとおり、現在広く知られているアトランティス伝説(これまでにこの伝説を扱った本は2000冊以上出版されている)は、もとをたどっていけば、プラトンの『ティマイオス』と『クリティアス』から派生している。つまり彼の著作が無ければ、今日のアトランティス伝説はなかったのだ。重要さが、よくわかるだろう。
基本設定
さて、『ティマイオス』と『クリティアス』の重要さがわかったところで、この2つの著作の気になる内容について紹介することにしたい。
まず両著作ともに、ソクラテス、ティマイオス、クリティアス、ヘモクラテス、の4人の知識人たちの議論を記録したもので、プラトンの設定によれば、時期は紀元前421年頃のアテナイの、ちょうどパンアテナイア祭の頃だったとされている。
ちなみに両著作は、以下で示すようにプラトンの作品(代表的なもの)の中では後期に属するものだ。
前期― 『ソクラテスの弁明』 『プロタゴラス』 『ゴルギアス』 『メノン』
中期― 『饗宴』 『パイドン』 『国家』
後期― 『ポリティコス』 『ティマイオス』 『クリティアス』 『法律』
物語の内容
まず『ティマイオス』では、物語の登場人物であるソクラテスが、前日に語った「理想の国家」(※注1)について、他の3人たちの前で再確認するところから始まる。
【※注1】 ここで語られている「理想の国家」とは、国民は一人一職業で、財産を私有することは許されず、婚姻は役人のクジによって決められ、出来の悪い子どもは国外に追放する(ただしその後の行いが善ければ連れ戻す)などというもの。
その後ソクラテスは、自分が語った「理想の国家」は机上の空論や絵に描いた餅ではなく、実際に存在してくれたら嬉しいとして、次のように語る。
「(前略)立派な動物が、絵に描かれているとか、あるいは、ほんとうに生きてはいるがじっとしているとしてもよいのですが、ともかく、どこかでそれを見た人が、その動物の動くところを見たい、何かその体格からとうぜん期待されるものを発揮して競技を競うところを見たいと切望するようになる、といった場合がそれなのでして、私もまた、いまわれわれが話した国家に対して、それと同じ感情を抱いているわけです。
というのは、およそ国家によって競われる競技というものを、われわれのあの国家が、他の諸国を相手に競うところを、誰か詳しく話してくれる人があって、その国家が、戦争を始めるにふさわしい仕方でそれを始めるところだとか、また戦争遂行の途上でも、その教養と育ちにふさわしい成果を、実際の戦闘行為においても、各国家を相手とした言論の上での談判においても、見せてくれるところだとかを語ってくれるなら、私はそれを喜んで聞きたいと思っているからです」『ティマイオス』プラトン全集12(岩波書店)
すると、この話を聞いたヘモクラテスが、前日にクリティアスが語っていた“ある話”を思い出し、それをソクラテスに話すよう、クリティアスを促す。
以下は、クリティアスの話である。
「それではさあ、聞いてくれたまえ、ソクラテス。これは何とも不思議な話ではあるが、しかしそれでも全面的に真実の話であって、そのことは七賢者の中でも第一人者のソロンが、かつて保証したところなのだ。
さてあのソロンという人は、自分でも自作の詩のあちこちで言っているように、私の曾祖父ドロピデスとは親族の間柄でもあり、また大いに仲のよい友だちでもあった。そして私の祖父クリティアスに向かって―と、この老祖父がこれまたわれわれに向かって、思い出話としてよく聞かせてくれたものだが―こんなことを言ったと言うのだ。
つまり、もう時も経ち、人々も死に絶えたのでさっぱりわからなくなっているが、驚嘆すべき偉業の数々が、その昔、このアテナイの国によって成し遂げられていたというのだ。(後略)」
『ティマイオス』プラトン全集12(岩波書店)
さて、いよいよプラトンが書いた物語の主役の登場である。
・・・え? でもまだアトランティスは出てないって? いや、この物語の主役はアトランティスではないのだ。主役は古代ギリシア(アテナイ)なのである。(※注2)
【※注2】 続編である『クリティアス』の中でも、まず優先して紹介されるのは主役のギリシア。また、紹介に割かれている分量を比べてみても、有名なアトランティス(最後のほうは未完だが)とギリシアでは大して差がない。
話の流れとしては、わかりやすく書けば次のようなものだ。
| ソクラテス | 「俺がきのう熱く語った「理想の国家」が、絵に描いた餅ではなくて、実際に存在しててくれたら嬉しいんだけどな〜」 |
| へモクラテス | 「お前にはメシをおごってもらったし、その恩は忘れてないよ。そういえばクリティアス、きのうお前の家で面白い話を聞いたけど、あの話を話してやったら?」 |
| クリティアス | 「俺は別に構わないけど、ティマイオスはどうよ?」 |
| ティマイオス | 「構わないよ〜」 |
| クリティアス | 「じゃあ聞いてくれよ、ソクラテス。これは不思議な話だけど全部事実。あのソロンだって保証した話なんだよ。 ソロンは、俺の ひいじいちゃんの親戚で、仲もよかった。そのソロンがな、こんなことを言ってたんだよ。つまり、むか〜しの話で、みんな死んでしまったので、さっぱりわからなくなってしまったが、スゴイ偉業の数々が、この俺たちが住んでる国によって成し遂げられたんだってよ!」 |
おわかりいただけるだろうか。
上でも書いたとおり、この物語の主役はギリシアである。話の流れとしては、ソクラテスが好き勝手に夢想する「理想の国家」の具体例としてギリシアは登場する。
そしてクリティアスらの祖国ギリシアは、かつて巨大な植民地を持っていたアトランティスという大帝国を相手に、勇敢に立ち向かい、孤軍奮闘する。そして見事アトランティスに勝つ、という話が続く。(ただし戦争の具体的な描写はなく紹介のみ)
つまりこのアトランティス物語とは、わかりやすく言えばプラトンの「理想の国家=祖国ギリシア」が主役の物語であり、アトランティスの役どころとは、主役であるギリシアの引き立て役兼悪役なのである。
しかし、このアトランティスは悪役としては魅力的すぎた。結果としては主役であるギリシアを食ってしまい、いつしかプラトンが書いた物語は「アトランティスが主役」だと、多くの信奉者に勘違いされるようになってしまったのである。
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多くの信奉者にとって、プラトンのアトランティス伝説は全面的に真実であるか、もしくは歴史的事実が芯にあり、まわりにいろいろなものが付け加わった伝承だと信じられている。
とくに、プラトンが自著の中で書いている「(この話は)全面的に真実の話であって」という一文は、「アトランティス伝説=歴史的事実」の補強材料としてよく引用される。
しかしこうした意見は、プラトンが自らの作品のいろいろな箇所で寓話を利用し、その事実を公然と認めていたという事実を無視している。 プラトンは、寓話を役立たせるためには、作り話を利用することも許されるとしているのである。
またプラトンが書いた対話篇のほとんどすべての寓話は、真実の話だと断ったうえで紹介される。そして、そういった寓話の多くは作品ごとに食い違った描写が見られ、互いに矛盾している。
これは、もしプラトンの書いた話が「真実の話」であったとすれば、あり得ないことだ。なぜなら互いに矛盾しているのだから。
でもこれが寓話(フィクション)だったらどうだろう。もしフィクションであれば、それがシリーズものでもない限り、作品同士の描写が互いに矛盾していようが構わない。それぞれ好きなように空想し、物語を書けばいいだろう。
結局、プラトンが書いている「全面的に真実の話であって」という一文は、それのみを切り取って見ればこの物語の真実性を主張しているように思えるが、もっと視野を広げ、プラトンが書いた他の作品や、その内容を読み比べれば、この一文は他の作品でも見られること、そして各作品の寓話は互いに矛盾していることも少なくないことから、字句どおりに真実であるとするには無理があると考えざるを得ない。(また同時に、アトランティスの物語だけは真実で、他の物語は全部作り話か空想の産物だとするのは無理がある。というかそんな行為は傲慢だろう)。
プラトンの記述から推測できるもっとも自然な候補地である大西洋説については、海洋底の調査によって、かつて広大な陸地が存在し沈没した可能性がないことや、大陸移動説(プレートテクトニクス)でも、ヨーロッパとアメリカ、アフリカ大陸をジグソーパズルのように1つに集め、かつての姿を再現したとき、その間に別の大陸が入るべき余地はないことがわかっている。
また『クリティアス』と『ティマイオス』では、登場する超古代文明はアトランティスだけではない。主役であるギリシアも1万2000年前に存在したとされているし、アトランティスはその支配権ゆえに、多くの国から多量の物資が寄せられていたとも書かれている。
しかし「失われた超古代文明ギリシア」について論じる者はほとんどいない。また、それだけの文明が存在したことを示す証拠も一切見つかっていない。他の超古代文明についても同じである。
アトランティスについては「海に沈没してしまったから証拠が残っていない」と言い逃れることができるが、ギリシャや他の国は現在でも国土が残っているのだから、同じような言い訳は通用しないのである。
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さて、ここまではプラトンの『クリティアス』と『ティマイオス』(共に紀元前360年頃に発表)を主に見てきたが、ここからはプラトン以降のアトランティス伝説について見ていくことにしたい。
以下は、主だったアトランティス仮説の概要と歴史である。
| 1530年 | 詩人ジララモ・フラカストロが、スペインの探検家が中央アメリカで発見したインディオの文化は、アトランティス文明の名残りだと示唆。 |
| 1553年 | スペインの歴史家フランシス・ロペス・ゴマラが、その著『インデス概史』の中で、プラトンのアトランティスと新大陸(アメリカ)は同一、もしくはプラトンは大西洋の実在の大陸の噂を聞き、それを基にアトランティス伝説を書いたと主張。 |
| 1561年 | フランスの思想家ギョーム・ド・ポステルが、新大陸の名前を「アトランティス」にしようではないかと愉快な提案をする。 |
| 1624年 | イギリスの哲学者フランシス・ベーコンが、小説『ニュー・アトランティス』で、ブラジルにあったアトランティスがヨーロッパ文明の根源だと主張。 |
| 1665年 | イエズス会司祭のアタナシウス・キルヒャーが、大西洋にアトランティス大陸を記入した地図を発表。 |
| 1864年? | フランスの神父シャルル・エティエンヌ・ブラッスールが、後に間違いであることが判明した「マヤ・アルファベット」を使って『トロアノ絵文書』を独自に解読。その結果、紀元前9937年に大西洋の大きな島を呑み込んだ大災害の記録を見つけたと主張。 ブラッスールによれば、この失われた大陸はインディオによって「ムー」と呼ばれていたという。 |
| 1882年 | アメリカの政治家イグネイシャス・ダンリー(ドネリー)が、その著『アトランティス―大洪水以前の世界』において、アトランティス大陸は大西洋にあったと主張。この本はベストセラーになり、近代アトランティス説のネタ元となる。 |
| 1886年 | フランスのピラミッド神秘学オーギュスト・ル・プロンジョンが、ブラッスールと同様の解読を行い、彼の説をさらに発展させる。 |
| 1888年〜 | ロシア生まれのオカルティスト、エレナ・ペトロヴナ・ブラヴァツキーは、その著『The Secret Doctrine』(全6巻、1888年―1936年)の中で、インド洋の仮想大陸レムリアをアトランティスと結びつける。 ブラヴァツキーによれば、レムリア大陸に現れた四番目の「根源人種」は人類に似たアトランティス人で、五番目は我々人類なのだという。 |
| 1896年 | イギリスのオカルティスト、ウィリアム・スコット=エリオットが、その著『The Story of Atlantis』の中で、霊視によってアトランティス人たちの生活を知ったと主張。 この本に書かれていた「アトランティス人は超能力が使えた」「アトランティスでは飛行機が飛んでいた」などの描写は、結果として「アトランティスには現代文明を凌ぐ超文明が存在した」という、プラトンのアトランティスからは絶対に導けないイメージを一般の読者に植え付けることになった。 |
| 1913年 | フランスの地質学者ピエール・テルミエが、大西洋にあるアゾレス諸島は、かつてのアトランティスの山頂であったと主張。 |
| 1920年 | ドイツの民俗学者レオ・フロベーニウスは、アフリカのギニア海岸に住むヨルバ族がアトランティス人の子孫であると主張。 また、カナリア諸島の原住民グアンチ族もアトランティス人の末裔だと主張。 |
| 1939年 | ギリシャの考古学者スピリドン・マリナトスは、20世紀初頭に古典学者T・K・フロストが発表した説を補強し、エーゲ海に浮かぶティラ(サントリーニ)島の大噴火でクレタ島のミノア文明が崩壊したことが、アトランティス伝説の発祥だと主張。 |
| 1940年 | ギリシャの考古学者アンジェロス・ガラノプロスが、ティラ島(サントリーニ島)=アトランティス文明説を主張。 |
| 1952年 | ドイツの牧師ユルゲン・シュパヌートが、その著『北海のアトランティス』において、北海のヘルゴラント島=アトランティス説を主張。 |
| 1968年 | アメリカの動物学者マンソン・バレンタインが、北ビミニ島近郊の海中で、逆J字型をした通称「ビミニ・ロード」を発見。 その後、眠れる預言者エドガー・ケイシーの預言と合致することから、ビミニ=アトランティス説が信奉者によって主張される。 |
以上が、プラトンの時代以降の主だったアトランティス伝説の変遷である。
年表の中では大西洋以外の主だったアトランティス候補地として、アメリカ、アゾレス諸島、ギニア海岸、クレタ島、ティラ島、北海(ヘルゴランド島)、ビミニ諸島、南極大陸などを紹介したが、上で紹介したもの以外にも、ブラジル、サハラ砂漠、イギリス、スペイン、コーカサス山脈、北極、スピッツベルゲン島、ナイジェリア、ゴビ砂漠、チュニジア、地中海、パレスチナ、黒海、ペルー、セイロン、モンゴル、カルタゴ、フランス、オランダ、マルタ島、モロッコ、ペルシャ、バルト海、イラン、イラク、西インド諸島、クリミア半島、スウェーデン、など多くの説が出されている。(今までにこじつけられた候補地は1700ヵ所を超える)
これらを見れば、現在では、アトランティスの候補地になっていない土地を探すほうが難しいことや、信奉者によって好き勝手にアトランティスの候補地としてこじつけることが可能だということがわかるだろう。
彼らは自説に都合のいい部分だけを取り出し、あとの都合の悪い部分は無視するか、「伝説が正しく伝わらなかった」とか、「ゼロが1つ多すぎる」「長さの単位が間違っている」「ヘラクレスの柱は神殿の柱のことなのだ」などと主張する。
こういった信奉者の手前勝手な解釈を用いれば、どんな場所でもアトランティスの候補地とすることが可能だが、これらの珍説諸説に対しては、アメリカのSF作家で懐疑論者でもあるライアン・スプレイグ・ディ・キャンプが、その名著
『Lost Continents』(抄訳:『プラトンのアトランティス』(角川春樹事務所))の中で、次のように述べているので紹介しておこう。
「これは丁度、伝説の王アーサーが、“実は”クレオパトラ女王なのだ、と言っているようなものだ。その場合、クレオパトラの性を、国籍を、時代を、気性を、道徳的性格を、その他あらゆる細かい点をすべて変えてかからなければならない。そうしてはじめて、類似点が見えてくるのである」
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ここからは、上では紹介できなかった比較的よくみかける主張と、その真相について紹介することにしよう。
・プラトンはこの話を真実だと保証している。
『クリティアス』と『ティマイオス』には、プラトンは登場しない。よく「プラトンはこの話を真実だと保証している」などと言われるが、実際にこの物語を真実だと保証しているのは、“物語の登場人物”であるクリティアスなのである。
・アトランティスには「オリハルコン」と呼ばれる超金属があり、『クリティアス』の中ではその性質として、「オリハルコンは飛行船を宙に浮かせる事が出来る」と書かれている。
この「超金属オリハルコン」の伝説は、アトランティスの伝説の中ではお馴染みのものだが、話のネタ元であるプラトンの著作には、一体どのように紹介されているのだろうか。
以下は、『クリティアス』の中で初めてオリハルコンが紹介される箇所である。
「今はただ名のみとなっているが、当時は実際に採掘されていたオレイカルコスの類は、そのころ金につぐ非常に貴重な金属であって、島内のいたるところに分布していた」
『クリティアス』プラトン全集12(岩波書店)
ここで書かれている「オレイカルコス」(語源は「山の銅」:【oros】オロス「山」+【chalkos】カルコス「銅」)とは、オリハルコン(この呼称は現代ギリシア語における単数対格形【oreichalkon】に由来)のことである。
このたった3行の記述からは、オリハルコンが超金属であることはうかがえない。他の箇所ではどうだろうか。
「(前略)アクロポリスをじかに囲む石塀には炎のようにさんぜんと輝くオレイカルコスをかぶせた」「(前略)内側の天井には一面に象牙をかぶせ、金や銀やオレイカルコスの飾りつけをして変化をもたせるとともに、その他、壁や柱や床にはびっしりとオレイカルコスを敷きつめていた」
「(前略)碑文として初代の王たちの手でオレイカルコスの柱に刻まれたのであるが、この柱は島の中央のポセイドンの社に安置されていた」
『クリティアス』プラトン全集12(岩波書店)
さて、これで全部である。これ以外に『クリティアス』の中でオリハルコンに言及している箇所はない。
もうおわかりだろう。そもそもプラトンの著作からは、オリハルコンが「超金属」であることをうかがわせる記述はどこにも見当たらないし(せいぜい金につぐ装飾用の金属らしいことがうかがえるくらい)、「伝説」でも紹介した「『クリティアス』の中では、『オリハルコンは飛行船を宙に浮かせる事が出来る』と書かれている」という話にいたっては、完全なホラ話なのである。
・大西洋では、「レミングの集団自殺」や「ヨーロッパウナギが数千キロも離れた場所で産卵」など、実に不可解な行動が報告されている。しかし、これらの謎の行動は、古代の大西洋にアトランティス大陸があったと仮定すれば上手く説明することができる。
この話は、1999年2月28日に日本テレビで放送された『特命リサーチ200X』で取り上げられた話である。まず「レミングの集団自殺」については、1958年に公開されたディズニーのドキュメンタリー映画『White Wilderness』(邦題:『白い荒野』)によって広められた有名な迷信であり(※注3)、実際にはレミングは海に飛び込んで集団自殺など行わない。
この映画については、そもそもロケ地であるカナダのアルバータ州には海がないことや、レミング自体が生息していないこと、また撮影に使われたレミングは、同じカナダのマニトバ州などで地元のイヌイットから買い取っていたことなどが、カナダのプロデューサーであるブライアン・ヴァレーの調査によって1983年に判明している。
ちなみに2003年には『Science』誌に、グリーンランドでの15年にわたる実地研究をまとめた論文が、フィンランドとドイツの科学者グループによって発表され、改めてレミングの集団自殺が迷信であることが確認されている。(レミングについては、日本語で読めるものとしてはこちらのサイトがわかりやすくてお勧め)。
【※注3・追記】 この映画が公開される以前にも、ジェイムズ・サーバーの短編『Interview with a Lemming』(1942年)や、アーサー・C・クラークの短編『憑かれたもの』(1953年)、リチャード・マシスンの短編『Lemmings』(1957年)といった小説で、レミングの集団自殺が題材として扱われていることがわかった。どうやら欧米では、どれほど広まっていたのかはわからないが、昔から信じられている迷信らしい。(とはいえ、このディズニー映画の迷信を広めた影響力は、他の3作品(短編)を大きく超えているとは思う)
次に、「ヨーロッパウナギが数千キロも離れた場所で産卵」する件については、これは確かに事実である。しかし同時に、ヨーロッパウナギだけでなく、日本のウナギも数千キロを回遊して産卵している、という事実があることも指摘しておかなければならない。またウナギ以外では、サケやマグロなども産卵のため数千キロを回遊することが知られている。
もし数千キロを回遊する魚が「大西洋のヨーロッパウナギだけ」なのであればともかく、実際には大西洋以外にも、そしてウナギ以外にも同じような行動をとる魚はいるのだから、わざわざウナギの産卵についてアトランティスを想定する必要性などないのである。
・アトランティスの遺跡と思われる通称「ビミニ・ロード」が1968年に発見されたが、この発見は「眠れる預言者」エドガー・ケイシーによって見事に預言されていた。
通称「ビミニロード」は、1968年に動物学者のマンソン・バレンタインによって、北ビミニ諸島近海の海中で発見された。
詳しい発見場所は、北ビミニ島北西部の海岸から800メートルほど沖合いに入った地点で、深さ7メートルほどの海底に、五メートル四方もある長方形の石が、逆「J」字型(またはひらがなの「し」のような)形を描くように、長さ約1.2キロにわたって敷き詰められているのが発見された。ちなみに見つかったのが石畳状の構造物で、道のような形をしていたことから、「ビミニロード」と呼ばれるようになった。

図は、左と中央がビミニ諸島の位置を示したもの(通常想定されているアトランティスの位置(大西洋の中央)からは、かなりはずれた地域にあることに注目してほしい)。右はその拡大図。
これまでにこの「ビミニロード」は、科学雑誌『ネイチャー』や考古学関連の雑誌でも何度か論文として取り上げられ、詳しく調査されたが、いずれも人工物ではなく、自然にできた石灰岩に割れ目が入り、石畳のように見えているだけという結論が出されている。
ビミニロードを形づくる石は、一見すると後から海底に敷き詰めたように見えるが、持ち上がっている石の下部と、その下にある窪みの様子を調べると向き合っている部分がきれいに対応しており、表面の模様などからしても元は一枚の岩から成っていたことは明らかだという。
また石灰岩がブロック状に露出することは少しも不思議なことではなく、バハマ北西部ではこの他にも、破砕と腐食の程度はさまざまだが、地表や海中にこうした「節理石灰岩」(割れ目の入った石灰岩)の露頭が発見されている。
一方、南ビミニ島近くの海中では、樽の形をした物体が発見されていたが、こちらは明らかに人口物であるとの結論が出された。ただし、イリノイの「ポートランド・セメント組合」、クリーブランド「マスター・ビルダーズ」のR・C・ミーレンツ博士、イギリス「ビルディング・リサーチ・ステーション」のR・ナース博士ら専門家が成分分析を行ったところ、この樽はセメントで作られていることが判明した。
この樽状物体はどれも長さと形が同じであることから、おそらく木製容器、すなわち樽にセメントを流し込み固めて作られた可能性が高く、この場所に沈んでいたのは、セメントを詰めた樽を輸送中の船が難破して崩れ出したか、海中投棄された可能性が高いと見られている。
次に、この「ビミニロード」とエドガー・ケイシーの預言についてだが、そもそもケイシーはどのような預言を行っていたのだろうか。
以下は、ビミニロードに関連すると言われているケイシーの預言である。
「大西洋のビミニ島は、今日の文明が、それに到達するための手段を見いだした場所であり、かつての大陸のうちで海上に残された最も高い箇所である」 (1926年8月14日の預言)
「アトランティスの首都・ポセイディアが再浮上する。1968年か69年か、そう遠いことではない」 (1940年の預言)
さて上で見たように、ビミニ島の沖合いで「遺跡が発見された」とする確たる証拠は見つかっていない。何らかの文明を示唆するものも見つかっていない。
よって一つ目の1926年の預言について、「あたり」とするには無理があるだろう。
次に1940年の預言については、ここでは「ポセイディアが1968年か69年に再浮上する」と預言されている。しかし、アトランティスの首都だというポセイディアは、一体いつ再浮上したのだろうか???
もちろん皆さんおわかりのとおり、再浮上などしていない。つまりハズレである。
ちなみにこれらの預言は、ケイシーがアトランティスに関して全部で700件預言したとされるもののうちの2つである。この700件の預言の中には、「アトランティスのエネルギー・システムの)構造法の記録は、ビミニ、エジプト、ユカタン半島の3ヶ所に今も存在する。この中でもユカタン半島のものは2〜3ヶ月の間に発見され、アメリカの博物館に持ち込まれる。一部はペンシルベニアの州立博物館と、ワシントンの造船保管所、あるいはシカゴ」、「1998年にスフィンクスの下から記録が発見される」、「1998年にアトランティス大陸が再浮上する。その時、地球には大異変が起きる」など、今となっては完全にハズレが確定しているトホホな預言も含まれている。
・アトランティスの候補地としては、ティラ(サントリーニ)島説が最有力。
「ティラ島=アトランティス説」とは、エーゲ海に浮かぶティラ島の火山が紀元前1500年頃に爆発し、その影響で当時栄えていたクレタ島のミノア文明が崩壊したことが、アトランティスの伝説を生んだという説である。
この説はかつて私がビリーバー(信奉者)だった頃に最も信じていたものであるが、実際のところは、この説にも難点があることが判明している。
1. 年代のズレ
まず第一に年代については、プラトンの記述によれば、アトランティスが海中に没したのは今から約1万2000年前のことで、ソロンの時代(紀元前600頃)からは9000年前の出来事だったとされている。しかしティラ島で起きた火山の爆発は今から3500年前の事で、年代がまったく合わない。
だがこれに対し、考古学者のアンジェロス・ガラノプロスは、ソロンがエジプト人からアトランティス伝説を聞いた際、数字の「100」と「1000」を聞き間違い、実際の数字より一桁多く伝えられるようになってしまったのではないかと主張した。
これなら、ソロンの時代(紀元前600年頃)から「9000」年前という話が、一桁減って「900」年前とするとことができるので、ちょうどティラ島の火山が爆発した紀元前1500年前(600+900)とピッタリ一致するというわけだ。
またこのほかにも、アトランティスの平野の大きさとして記述されている数字なども、10分の1の大きさにすれば、クレタ島の中央部にある平野とほぼ同じになる、などとも主張している。確かにこれなら、一見するとプラトンの記述との矛盾点も上手く説明できそうである。
しかしガラノプロスの主張をよくみてみると、その「桁をひとつ間違った」という切り札を恣意的に使い分けていることがわかる。年代や平野に関しては「桁をひとつ間違った」としているにもかかわらず、他の箇所、たとえば首都に関する記述などでは、数字を10分の1にせず、プラトンが書いた数字をそのまま使っているのである。
つまり、自説に都合の悪い箇所では勝手に数字を10分の1にしながら、自説に都合の良い箇所では数字をそのまま使う、というかなり恣意的な操作を行っているのである。また、こういったガラノプロスの主張に関しては、『古代文明の謎はどこまで解けたか〈1〉失われた世界と驚異の建築物・篇』 P・ジェイムズ&N・ソープ (太田出版)の中で次のように批判されているので紹介しておこう。
「ソロンが神官から聞いた数字を誤って10倍大きく受け取った、という説明も同様にバカげている。ソロンは船主で、海外を旅する費用は交易で得たものだった。エジプト人の「100」と「1000」を区別できないようでは、商売は
惨憺 たるものになっていただろう」
2. 相違点
次に、年代以外にもプラトンの記述との相違点は多い。
たとえば、ティラ島の火山が噴火したことでミノア文明は滅んだと主張されているが、プラトンのアトランティス伝説には「火山の噴火」に関することは書かれていない。
またこのほかにも、アトランティスは海洋帝国で多くの植民地をもっていたとされているが、ミノア文明が同じような大帝国であったという確たる証拠は見つかっていない。またアトランティスの地は鉱山資源に大変恵まれていたとも書かれているが、ミノア文明は必要な金属のほとんどを輸入しなければならないほど鉱山資源は乏しかった。
ただ中には類似点とみられるものもいくつかあるが、そのほとんどはミノア以外の文明や地域の風習にも当てはまることばかりである。あえてミノアとアトランティスを結びつける積極的な証拠はない。(何より類似点よりもずっと相違点のほうが多い)
3. ミノア文明の崩壊時期とティラ島火山の噴火時期は一致しない
最後に「ティラ島=アトランティス説」の最大の根拠とされてきた、「ティラ島の火山噴火がミノア文明を滅亡させた」とする主張に対し、致命的な大打撃となる新事実が1977年の『ネイチャー』誌に発表されているのでご紹介しよう。
この研究をを発表し、ティラ島火山の噴火物を丹念に調査したドイツのハンス・ピヒラーとヴォルフガンク・シーリンクによれば、ティラ島の爆発はミノア文明に致命的となる被害は及ぼしておらず、この噴火後もミノア文明の中心地は50年間は繁栄を維持し、クノッソス宮殿にいたってはその後100年以上も繁栄し続けたのだという。
このことは、宮殿が「滅亡」ではなく「繁栄」した頃の層の下から(地層は通常下のほうが古く上にいくほど新しい)、ティラ島の火山灰の層が出てくるという事実などから明らかだ。つまり火山の爆発によって文明に終止符が打たれたのではなく、その後もミノアの文明は繁栄していたのである。
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さて、ここまでアトランティス伝説について色々と懐疑的なことを書いてきたが、私自身はこの伝説が好きである。
プラトンが書いた『ティマイオス』や『クリティアス』を実際に読んでみると、ウィリアム・スコット=エリオットやエドガー・ケイシーが勝手に語った「現代文明を凌ぐ超古代文明」を連想させる描写は一切出てこないにもかかわらず、それでもなおプラトンが描くアトランティスやギリシアの物語は面白い。未完で終わっているのも惜しく感じられ、読み終わった後はぜひ続きが読みたいと思ったものだ。
だから私は、このアトランティスが実在してほしいと願い、その可能性を探ること自体は決して間違っているとは思わない。大いに夢のあることだとも思っている。
しかし、『ティマイオス』と『クリティアス』の原典すら読まず、プラトンが書いてもいないことを書いたと主張するオカルト作家や、これまでの調査や研究の結果判明している多くの事実を無視したり、都合のいい部分だけ切り貼りするような自称研究家が行っているような行為は、決して夢のあることだとは思わない。
これまでどんなことが分かり、何が分かっていないのか。そして何が事実で、何が嘘なのか。私は、まずそれらをきちんと選り分け理解することが、遠回りなようでいて、実は真実への一番の近道になるのだと思っている。
