解読不能な謎の文書「ヴォイニッチ手稿」

未解明事例

1912年、イタリアのとある修道院で、不可思議な古書が発見された。この古書には、見たこともない奇妙な文字と、謎の植物、女性、占星図のようなものが描かれていた。

ヴォイニッチ手稿

ヴォイニッチ手稿

発見者は古物商のウィルフリド・ヴォイニッチ。今日では、発見者である彼の名前を取って、「ヴォイニッチ手稿」、または「ヴォイニッチ写本」と呼ばれている。

「写本」とされることも多いが、 オリジナルが別にあるかどうかは不明で、そこから書き写されたものかどうかもわかっていない。そのため以下では、手書きの原稿という意味に限定した「手稿」(しゅこう)で統一したい。

先に結論を述べれば、このヴォイニッチ手稿は未解明である。その発見以来、100年以上、解明に挑んだ者たちをことごとくはねのけてきた。もちろん私の手に負えるものでもなく、残念ながら、ここで謎解きを展開することはできない。

けれども概要を解説し、主流となっているいくつかの説を検討することはできる。以下でじっくり見てみよう。

ヴォイニッチ手稿の内容

まずヴォイニッチ手稿の内容について。大まかには以下のように分けられる。

未確認植物の部

約120ページに渡って、謎の植物の数々が描かれた部。ほとんどのページでは文章と絵がセットになっている。謎の植物は、その実在が確認されていないものばかりで正体は不明。

未確認動物(Unidentified Mysterious Animals, 通称UMA/ユーマ)ならぬ、未確認植物(Unidentified Mysterious Plants, 略してUMP)である。

未確認植物のページの例

未確認植物のページの例

占星術の部

約20ページに渡って、占星術などに関連するような図が描かれた部。図は円形で放射状の特徴を持ち、黄道十二宮の記号や太陽、星、人物などが図の中に配置されている場合が多い。

占星術のページの例

占星術のページの例

生物学の部

約20ページに渡って、裸の女性と奇妙な管のようなものの組み合わせが描かれた部。女性は腹部が膨れており、妊婦のような外見をしている。何らかの液体に浸かっている絵も多い。

生物学のページの例

生物学のページの例

文章は絵と同じページに書かれている。生殖に関わるようなことを表現しているのではないかとも考えられているが、よくわかっていない。

薬草の部

約20ページに渡って、薬草と思しき植物の根にスポットを当てて描かれている部。多くのページでは瓶のようなものとセットで描かれている。また文章もセットで書かれており、薬草の説明ではないかと考えられている。

ただし、これらの薬草と思しき植物も未確認植物で、その正体は不明。薬草の部の後は文章のページが最後まで続く。

薬草のページの例

薬草のページの例

さてヴォイニッチ手稿全体としては、絵と文章を組み合わせたページが非常に多いのが特徴である。文章は絵を避けるように書かれているため、最初に絵が描かれ、その後に文章が書き込まれたと考えられている。また絵はテーマ別に分かれており、未確認植物を描いたものが全体の半数以上を占める。

ちなみにヴォイニッチ手稿の表紙は無地で、タイトルのようなものは一切書かれていない。もちろん作者の名前も、誰が出版したのかも書かれていない。

ページ数は全部で230ページほど。各見開き(2ページ相当)の右側のページの右上には1~116までの番号が書かれている。

右上に書かれているのが最後の「116」番の数字

右上に書かれているのが最後の「116」番の数字

ただし途中の12、59、60、61、62、63、64、74、91、92、97、98、109、110番は欠けている。そのため、この欠けた14×2の計28ページは現存していない。

ヴォイニッチ手稿の文字

ヴォイニッチ手稿に書かれている文字は何語なのか不明だ。手稿で単語や文章を構成するのはヴォイニッチ文字などと呼ばれており、15~40字まで諸説ある。

ヴォイニッチ文字で構成された単語は、繰り返しがとても多いという特徴がある。また一部を変えただけの単語も多い。以下はその例。赤い囲いの中の5つの単語のうち、真ん中以外の4つの単語は全部同じである。他の部分でも似たような単語が多く見られることがわかる。

単語の繰り返しの例

単語の繰り返しの例

一方、英語でいえば、「a」「in」のような1、2文字の単語はほとんどない。また10文字以上の長い単語もほとんどなく、平均すると5文字前後の単語が多いという特徴を持っている。またヴォイニッチ文字の中には、特定のページに多く現れたり、接頭語や接尾語のように、単語の前や後ろによく現れるものもある。

総じて、私たちが使っている言語と似た特徴も持つ一方、単語の繰り返しのように、使い方としてまったく類似の言語が見当たらないという独自の特徴も持つ。

ヴォイニッチ手稿の来歴

さて、大まかな内容について見たところで、ヴォイニッチ手稿の来歴を紹介しておきたい。手稿は1912年、イタリアの修道院ヴィラ・モンドラゴーネで発見された。発見者は、ポーランド系アメリカ人で古物商のウィルフリド・ヴォイニッチである。

彼が発見した手稿の表紙の内側には、一枚のラテン語の手紙が添付されていた。

添付されていた手紙

添付されていた手紙。
出典:Rene Zandbergen「History of the Manuscript」
(http://www.voynich.nu/history.html)

これはプラハ大学の総長だったマルクス・マルチという人物が、1665年(もしくは66年)8月19日に書いた手紙とされる。送った相手はローマの学者、アタナシウス・キルヒャー。

内容は、マルチが所蔵していたヴォイニッチ手稿をキルヒャーに寄贈すること、暗号解読を彼に託すこと、またかつては神聖ローマ皇帝ルドルフ2世が手稿を600ダカット(現在の価値で数千万円)で買い取っていたことなどが記されている。

またこの手紙とは別に、手稿の最初のページの余白には、ほとんど消えかかった字でヤコブズ・デ・テペネチという名前が書かれていたことが判明している。

薬品処理によって浮かび上がった名前

薬品処理によって浮かび上がった名前。
出典:Rene Zandbergen「Books once owned by Jacobus Horcicky」
(http://www.voynich.nu/extra/sinapius_books.html)

これらの情報、ならびに手紙に登場する人物らが当時、別に書いていた手紙などから、ヴォイニッチ手稿の来歴は次のようなものだと考えられている。

1576年~1611年

神聖ローマ皇帝ルドルフ2世が、在位期間に何者かから手稿を600ダカットで入手。

1608年~1622年

ヤコブズ・デ・テペネチが皇帝ルドルフ2世から手稿を譲り受ける。ヤコブズはボヘミアの薬学者で、「シナピスの水」という薬を発明したことで大きな財産を築いた。1608年にはルドルフ2世の病を治したことから、「デ・テペネチ」という称号を与えられている。

手稿にはこの称号が記されているため、授与された1608年から亡くなる1622年までのいつかに、ルドルフ2世から手稿を譲り受けたと考えられている。

~1630年代

錬金術師のゲオルグ・バレシュが手稿を入手。暗号を解こうと奮闘するものの解明には至らず。

~1640年代

バレシュの友人マルクス・マルチが手稿を譲り受ける。

1665年頃

マルチが、当時高名だったローマの学者アタナシウス・キルヒャーに手稿を寄贈。(このときの手紙が前出の手稿に添付されていた手紙)

これ以降、手稿は歴史から姿を消す。再び現れるのは1912年である。それから現在までの来歴は次のようになる。

1912年

ウィルフリド・ヴォイニッチがヴィラ・モンドラゴーネで手稿を発見。

1930年

ヴォイニッチが亡くなり、妻のエセルと秘書のアン・ニルが手稿を相続。1931年には鑑定士のユージン・ホーマーによって、19,400ドル(現在の価格で約3千万円)と査定される。

1960年

エセルが亡くなり、秘書のアン・ニルが一人で所有権を持つ。

1961年7月12日

手稿はニューヨークの書店主ハンス・クラウスに24,500ドルで売られる。クラウスは購入後、手稿に1億5000万円以上の値を付けて売り出すが、買い手は現れなかった。

1969年~現在

クラウスは、アメリカのイェール大学に手稿を寄贈。それ以降、現在まで同大学のバイネッケ稀少図書・書簡図書館で保管されている。

年代測定

ヴォイニッチ手稿は、2011年にアリゾナ大学のグレッグ・ホジンズ博士らによって年代測定が実施されている。イェール大学の協力も得て行われたこの測定では、手稿の羊皮紙のサンプルを複数使い、徹底的に洗浄後、放射性炭素年代測定が実施された。

その結果、1404年~1438年という測定結果が得られている。ただし、これは手稿で使われている羊皮紙の製作年代を示すもので、実際の執筆年代を示すものではない。古い羊皮紙を使えば、後の時代でも手稿を作ることは可能だからだ。

そのため、この測定結果は、手稿が作られた年代の下限を示したと捉えるのが妥当である。つまり手稿が作られた最も古い年代は1404年で、それより古くなる可能性は低いということだ。

一方、上限はおそらく、先述の来歴などから1600年頃ではないかと考えられる。よって、ヴォイニッチ手稿が作られた年代は1404年~1600年頃の可能性が高い。

ちなみにインクの年代測定が実施できれば、(古いインクを使うことは難しいため)より的確な年代の特定が可能になるが、残念ながら現在までに実施されていない。

これはホジンズ博士によると、羊皮紙の表面に付着しているインクの量がわずかで、十分な量のサンプルが得られないこと、また羊皮紙とインクのサンプルを完全に分離させることが困難であること、さらにはインクが鉱物由来であった場合、放射性炭素年代測定では年代が測定できないことなどが理由として挙げられている。

暗号説

さて、ここからはヴォイニッチ手稿の正体にまつわる諸説を見ていきたい。最もよく言われるのは暗号によって書かれたという暗号説である。しかし他にも人工言語説、デタラメ説、アウトサイダーアート説、異言(催眠状態で見知らぬ言語を走り書きした)説など様々である。

ここでは、それらの中でも主流とされている暗号説、人工言語説、デタラメ説について見ていきたい。

まずは暗号説。暗号にはいくつか種類があるが、ヴォイニッチ手稿で暗号が使われているとすれば、それは「サイファ」と呼ばれるシステムだと考えられている。

サイファとは、メッセージを基本的に一文字単位で、別の文字、もしくは数字などに置き換える暗号システムである。

このサイファには「転置(てんち)式」「換字(かえじ)式」の2つのタイプがある。前者の転置式とは、簡単にいえば文字の並べ替えだ。席替えをイメージしてもらうとわかりやすい。

たとえば「ABCD EFG HIJK LMN」という文章があったとして、それを転置式で暗号化すると、「JNH AMIC LD BG KFE」のようになる。この転置式は、比較的短い文章であれば、元の文章を復元することが可能である。

しかし長くなるにつれ、並べ替えの組み合わせは天文学的な数字にふくれ上がってしまうため、復元が非常に困難になるというデメリットがある。

振り返ってヴォイニッチ手稿は、約230ページにも及ぶ長い文書が書かれている。いくら繰り返しが多いとはいえ、これだけの文章量になるものを正確に並べ替えて元の文章に復元することは不可能である。

暗号というものは、情報を伝えたい相手以外には隠しつつ、その相手には正確な情報を伝えることが目的に作られるものである。どんなにセキュリティが高くても、元の文章が復元できなければ暗号としてはまったく意味がない。

そのため暗号を作る側、解読する側双方の立場でも、手稿が転置式の暗号である可能性はきわめて低いと考えられている。

それでは換字式はどうか。換字式は転置式と違い、元の文章の文字の順番は変わらない。その代わり、文字そのものが別の文字や数字に置き換わる。(つまり、転置式=文字はそのままで位置が変わる換字式=文字が変わって位置はそのまま、ということ)

たとえば次のようなものだ。

元の文章:ABCDEFG HIJKLMN OPQRSTU VWXYZ
暗号文:  DEFGHIJK LMNOPQ RSTUVWZ YZABC

これは最も単純な例で、アルファベットの順番が3文字ずれているものである。暗号を解読する者は、この解読表に従い、暗号文のアルファベットをそれぞれ3文字ずつずらして変換すればよい。つまり「D」「A」「R」「O」といった具合だ。

このずらす方式(シーザー式暗号と呼ばれる)を英語のアルファベットでやった場合、ずらし方は25通りある。これは数が少ない。もし何文字ずらすべきか正解を知らない暗号破りがいたとして、その人物は25回アルファベットをずらしていけば、どこかで正解がわかってしまう。

そこで、より複雑な方法として、すべての文字を同じ数だけずらすのではなく、アルファベットごとに、ずらす文字数を変えるという方法が考え出された。

つまり単純な例ではA~Zまですべて一定に3文字ずらしていたものを、新しい方法では「A」は7文字、「B」は11文字というように、文字ごとにずらす数が変わる。

こうすると、正解を知らない場合、想定しなければならないずらし方は膨大になるため、そう簡単には見破れないことになる。このような方式は単文字換字法と呼ばれる。

正確にはシーザー式暗号もこの単文字換字法に含まれる。ここでは「シーザー式暗号ほど単純ではない単文字換字法」くらいの意味で受け取っていただきたい。

もしヴォイニッチ手稿が暗号文書であれば、この単文字換字法が使われている可能性がありそうだと考えられている。

これよりさらに複雑な「複式換字法」もあるが、こちらが使われている可能性は否定されている。複式換字法の場合、できあがった暗号文は無秩序になる傾向がある。ところがヴォイニッチ手稿は、分析の結果、その無秩序さの度合いが非常に低いという結果が出ているため。

単文字換字法を解読するには、「頻度解析」という方法が使われる。この原理は単純だ。ある言語において、使われる文字の回数(頻度)はそれぞれ異なっている。たとえば英語であれば、最も多く使われるのは「e」で、次は「t」、最も少ないのは「z」といった具合である。

同じように、単文字換字法の場合、暗号文も文字の出現頻度が一定にならず、元の言語の頻度がそのまま反映される傾向にある。そのため元の言語の出現頻度と暗号文の文字の出現頻度が調べられれば、暗号文で最も多い文字を「e」、次は「t」というように当てはめていくことで、手間と時間はかかるものの解読は可能になる。

ということは、ヴォイニッチ手稿で使われている各文字の出現頻度を調べ、あとはラテン語や英語、フランス語というように、他の言語の出現頻度を当てはめていけば解読はできるのではないか、と思われるだろう。

ところが残念なことに、そう簡単にはいかなかった。まず先述のように、ヴォイニッチ文字は15~40字まで諸説ある。手書きの上に、流れるような文体であるため、同じ文字なのか、異なる文字なのか判別が難しい場合がいくつもあるのだ。

それでもヴォイニッチ文字をとりあえず限定し、ラテン語をはじめとした諸言語の頻度解析にかける試みはこれまでに何度も行われてきた。しかし、そのすべてがことごとく失敗に終わっている。

これはヴォイニッチ文字の特定が間違っているのかもしれない。元の言語の想定が間違っている可能性もある。または、単文字換字法に他の暗号システムが組み合わさったような他の暗号システムの可能性があるのかもしれない。もしくは、そもそも暗号文ですらないのかもしれない。

いずれにしろ発見から100年にわたり、世界の有名無名問わず、数多くの暗号解読者が挑んだものの、ヴォイニッチ手稿は解読されなかった。そのため、現在では暗号文以外の可能性を考える研究者も多くいる。

続いては、そのひとつの可能性、人工言語説を見てみよう。

人工言語説

「人工言語」とは、読んで字の如く、人工的に作られた言語のことである。対して、私たちが普段使っている言語は、特定の誰かが作ったものではなく、民族や地域の間で自然に発展してきたものであるため、「自然言語」と呼ばれる。

ヴォイニッチ手稿が人工言語で書かれている可能性を示した人物として最もよく知られているのは、アメリカの暗号研究者、ウィリアム・フリードマンである。

ウィリアム・フリードマン

ウィリアム・フリードマン

彼は第二次世界大戦中、アメリカ軍の暗号解読チームの中心的人物として活躍し、当時日本が誇る「パープル暗号」を解読したことで有名だ。暗号解読の天才とも言われる。

そんな天才フリードマンであるから、数十年にわたって暗号解読者をはねのけてきたヴォイニッチ手稿を放っておくわけがない。彼は軍務のかたわら、ヴォイニッチ手稿の研究にも着手した。しかし、彼がたどり着いた結論は意外なものだった。

ヴォイニッチ手稿は暗号文書ではない、というものだったのだ。その代わり、フリードマンがたどり着いた説こそ、人工言語説である。

人工言語説には、フリードマンとは別に、同時代のイギリスの暗号研究者、ジョン・ティルトマン准将もたどり着いている。

フリードマンが想定した人工言語は、文字を事柄別に分類し、意味を割り当てていくものだ。たとえば「B」は政治的な事柄を表し、「C」は自然に関するもの、というように。各文字には母音や子音が加わることで、さらに細かい分類ができる。(「Be」は選挙というように)

これは専門的には「アプリオリ言語」と呼ばれる。(または分類学的言語、哲学的言語とも)

ヴォイニッチ手稿に見られる言語は、確かにこうした言語と似ている部分はある。先述のようにヴォイニッチ文字の中には、接頭語や接尾語のように振る舞う文字がいくつもあり、アプリオリ言語と相性がいいという意見もある。

さらにフリードマンとティルトマンは、似たような人工言語を探し、17世紀中頃に考案されたいくつかの人工言語との類似を指摘している。そしてヴォイニッチ手稿の言語は、それよりもっと前、おそらく16世紀中頃まで遡るのではないかと考えた。

つまり、ヴォイニッチ言語をアプリオリ型人工言語の元祖的存在として位置づけたわけである。ところが残念なことにフリードマンとティルトマンは、それ以上、研究を進展させることはできず、道半ばで亡くなってしまった。

その後、人工言語説を引き継いで実証できた者はいない。魅力的な説ではあるものの、まだまだ研究が足りないというのが現状である。

デタラメ説

最後はデタラメ説。ここでいう「デタラメ」とは、ヴォイニッチ手稿に記されている内容には意味などなく、意図的にデッチ上げられたというものである。

この説で近年、注目を集めたのは、イギリス・キール大学でコンピューティング・数学科の講師を務めるゴードン・ラグの説だ。彼は2004年、ヴォイニッチ手稿に見られる特徴を、「カルダーノ・グリル」という道具を使うことで再現できると発表した。

この道具は1550年にイタリアの数学者ジローラモ・カルダーノが考案したもので、1枚のカードにいくつかの穴が開いている。このカードを暗号文書の上にかぶせ、カードの穴から見える文字をつなげていくと、意味のあるメッセージが読み取れる。

ラグはこの道具を応用した。まずヴォイニッチ手稿の単語で特徴的な、単語の前、中央、後ろによく使われる文字を表にまとめる。次に、その表の上にカルダーノ・グリルをかぶせて穴から見える単語をつなげて書いていくと、ヴォイニッチ手稿とよく似た文章が作り出せることを発見したのだ。

カルダーノ・グリルを使ったヴォイニッチ手稿の文章の作り方

カルダーノ・グリルを使ったヴォイニッチ手稿の文章の作り方
出典: Gordon Rugg「Cardan Grille」(http://bit.ly/2138iW0)

この方法で作り出された文章は何の意味も持たない。つまりヴォイニッチ手稿はデタラメであるということに加え、その具体的な方法を示したという点で大きな注目を集めたわけである。

ただしこの説も、似た文章を作れるということを示しただけで、確かにこの方法が使われたという証拠はない。また似ているように見えるというのも、実はぱっと見だけではないのか、という指摘もある。

ヴォイニッチ手稿は、これまで何らかの構造を持つ文章なのか調べるため、いくつもの分析が行われてきた。こういった分析では、文章の無秩序さ、デタラメさを示す「エントロピー」と呼ばれる指標が使われる。

普段、私たちが使っている自然言語は、このエントロピーが低い。これは無秩序ではなく、何らかの構造があることを示す。実際、単語には意味があり、文法もあるのだから当然だ。

それではヴォイニッチ手稿はどうかというと、この種の分析では総じてエントロピーがきわめて低い、という結果が出る。

先述のとおり、この結果は複式換字法のような無秩序な構造を生み出す複雑な暗号が使われているという説の反証になっている。

対して、ラグの方法で作られた文章はエントロピーが高いという結果が出る。これは実際にデタラメな文章なのであるから当然ではあるものの、ヴォイニッチ手稿と同じ結果を示せないというのでは説得力に欠けてしまう。

結局、どの説や方法でも、決定打が足りないのである。まるで、どう組み立てても最後にピースが足りなくなるパズルのようだ。このパズルを完成させることができる者は、はたして現れるのだろうか。

なお最後はヴォイニッチ手稿の全ページを無料で閲覧、ダウンロードできるページがあるので紹介しておきたい。バイネッケ稀少図書・書簡図書館のページである。

ここでは、「Export as PDF」というボタンを押し、現れた「Entire Set」という表示をクリックすると、ヴォイニッチ手稿のフルカラーPDFのページが表示される(フルカラーなので時間はかかる)。ダウンロードは上部のボタンを押せばOK。(容量は100MB)

もしヴォイニッチ手稿の謎に挑みたいという人がいるならば、挑戦してみるのもいいかもしれない。ただし過信は禁物。「他の誰も解けない謎を自分だけは解ける」と思い込んで人生を無駄にした人たちは数知れない。健闘を祈ります。

【参考資料】

  • Beinecke Rare Book & Manuscript Library「Voynich Manuscript Cipher Manuscript」(http://brbl-dl.library.yale.edu/vufind/Record/3519597)
  • ゲリー・ケネディ、ロブ・チャーチル『ヴォイニッチ写本の謎』(青土社、2006年)
  • M. E D’Imperio『ヴォイニッチ手稿 そのエレガントな謎』(無頼出版、2001年)
  • 高橋建『ヴォイニッチ手稿 第三次研究グループ(1991-2001年)』(無頼出版、2011年)
  • 高橋健「The Most Mysterious Manuscript in the World」(http://www.voynich.com/)
  • Rene Zandbergen「The Voynich Manuscript」(http://www.voynich.nu/)
  • サイモン・シン『暗号解読 ロゼッタストーンから量子暗号まで』(新潮社、2001年)
  • ルドルフ・キッペンハーン『暗号攻防史』(文藝春秋、2001年)
  • 辻井重男『暗号 情報セキュリティの技術と歴史』(講談社、2012年)
  • 結城浩『新版 暗号技術入門』(ソフトバンク・クリエイティブ、2008年)
  • Daniel Stolte「UA Experts Determine Age of Book ‘Nobody Can Read’」UANews February 9, 2011(http://uanews.org/story/ua-experts-determine-age-book-nobody-can-read)
  • ゴードン・ラグ「ヴォイニッチ手稿の謎」『日経サイエンス』(2004年10月号)
  • 安形輝、安形麻理「文書クラスタリングによる未解読文書の解読可能性の判定:ヴォイニッチ写本の事例」『Library and Information Science』(No.61 2009, p.1-23)
  • Marcelo A. Montemurro mail, Damian H. Zanette「Keywords and Co-Occurrence Patterns in the Voynich Manuscript: An Information-Theoretic Analysis 」(http://www.plosone.org/article/info%3Adoi%2F10.1371%2Fjournal.pone.0066344)
  • Melissa Hogenboom「Mysterious Voynich manuscript has ‘genuine message’」『BBC News』22 June 2013 (http://www.bbc.com/news/science-environment-22975809)
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