
六星占術には「極意」と呼ぶべきものが存在する。それは先祖供養である。細木流の先祖供養を実行した者は、一人の例外もなく幸せへの道を歩んでいることからもわかるように、その効果には信頼できるものがある。
ただし中には愚かな人間もいて、先祖供養を熱心に勧めるのは墓石業者や仏壇業者との繋がりがあるからだと疑う者もいる。しかし業者と組んでいるなどという事実は一切ない。そういうことを疑う連中は心が曲がっているとしか言いようがない。
「六星占術と大殺界」のときと同じように、この「先祖供養」のページでも伝説で書いたことは細木数子が自著で書いていることである。
とくに今回は、“細木流の”先祖供養について、本人曰く「決定版」であり、「究極のノウハウ」が書かれているという『幸せになるための先祖の祀り方』(KKベストセラーズ)を参考にした。
この本では第一章の冒頭から、「この一家の信じられないような修羅」などという不安感を煽るタイトルをつけて読者を脅す手法をとっている。こういった最初に脅しをかける手法は霊感商法などではお馴染みだが、知らない人は冒頭から細木数子のペースにハマってしまうことだろう。読者が疑問を持ちそうなところは、先回りして芽を摘んでおくあたりもさすがである。
しかし、調べるとすぐに矛盾点やおかしな箇所がわかってしまう。以下で詳しく見てみよう。
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細木数子によれば、「細木流の先祖供養を実行すれば、その一族は幸せへの道を歩む」ことができるそうだが、この主張は本当なのだろうか? その答えは、細木の一族、彼女の実弟が教えてくれる。
実弟の名前は細木久慶。1976年に、彼は東京4区から新自由クラブの推薦を受けて衆院選に出馬。姉の数子からも支援を受け、当時のポスターには「私と同様、弟ひさよしを応援してください」とも書かれていたという。 しかし結果は、支援も虚しく落選。
その後は1983年、今度は杉並区長選に出馬。結果はまたも落選。1986年には衆院選に千葉4区で出馬。3度目の正直はならず、3度目の落選。
そして1990年。満を持して挑んだ3度目の衆院選はスポーツ平和党から出馬。今度こそ当選するはずだったが、無情にも結果は落選。
このとき、六星占術も先祖供養もまったく役に立たないことが分かった瞬間となった。「六星占術を使えば確実に運命を読むことができる」と豪語していながら、4回連続落選という運命は読めなかったようである。
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続いては、「墓石業者との繋がり」について。
細木数子を信奉している人の中には、この話を単なる噂だと思っている人もいるかも知れない。しかし、これは単なる噂などではない。業者と繋がっているというのは事実なのである。
かつて細木数子は、「久保田家石材商店」(※注)という業界大手の墓石業者と組んでいたことがあった。また仏壇は「
とはいえ、この頃はまだ細木自身、この事実を隠すようなことはしなかった。ハッキリと認めていたのである。ただし当然このことは批判されたし、そのほかにも問題があったのか、前回の細木ブームのときは姿を消すハメになった。
【※注】 久保田家石材商店は、現在「オーザン」に商号変更されているが、実質的な後継会社は、久保田家の一族が役員を務めている「亘徳」という墓石販売会社である。
本来ならこのまま消えていたとしてもおかしくなかったが、そこは細木数子。これまでのブームにも勝る絶大な人気と影響力を持って見事に復活した。
そしてこの復活に際し、彼女は「今までとは違う」ということを強調するようになった。過去は過去、現在は違うというわけだ。
自著『幸せになるための先祖の祀り方』(KKベストセラーズ)の中では、「私は墓石屋さんや墓園業者、あるいは仏壇屋さんと組んでいるわけではありません。そうした疑問を抱く方もときおりおられますが、心が曲がっていることを残念に思います」と書き、『新潮45』(2005年4月号)のインタビューでは、「ずっと関係があると言われてきた墓石屋だって、十年も前に潰れて今はどうなっているのかも知らない」と語っている。
この話を真に受けてしまうと、「復活してから改心したのか」などと思ってしまう。しかし、よく考えてみよう。真に受けたりせず徹底的に疑うべきである。そして私自身それを実行した。すると予想通りの結果を得ることになった。
そう、現在でも細木数子は墓石業者と繋がっていたのだ。以下に詳しく書こう。
まず墓石業者については、現在細木数子と組んでいるのは「

左が、京都市西京区にある細木の京都事務所。実際には墓石業者の本店。真ん中はこの事務所の郵便受け。「久保田家石材」とハッキリ書かれている。
右は、京都事務所の隣のアパート。上でも書いたとおり、『細木数子 地獄への道』(鹿砦社)ではこのアパートが京都事務所だと書かれているが、実際には隣(この写真では右下に写っている茶色のアパートの一階)が細木の京都事務所@墓石屋。
またこのほかには、「
だがこれだけではない。
細木の東京事務所である「有限会社
結局、「疑うやつは心が曲がってる」だの「業者とは組んでない」だのと言ったところで、大いに繋がりがあったということだ。
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続いては佐賀地裁で訴えられた話である。細木数子は、先祖供養について初めて書いた『運命を開く先祖のまつり方』(世界文化社)という本の中で、次のように書いている。
「大事なことはいかにお金をかけるかということではなく、ふだんから、いかに陰徳を積んでおくかということなのです」
この発言自体は、まったくそのとおりだと思う。しかし問題は、この発言が口先だけで、言ってることとやってることが違うということである。
具体例を示そう。
『霊・因縁・たたり』 柿田睦夫(かもがわ出版)、および『細木数子地獄への道』 細木数子被害者の会【著】(鹿砦社)、『魔女の履歴書』 溝口敦(講談社)によれば、細木は1993年に、「不当に高額な墓を買わされた」として、総額1100万円の損害賠償を請求され佐賀地裁で訴えられた。
訴えたのは佐賀市に住む当時55歳の主婦(以下「Aさん」)。最初に彼女が細木と出会ったのは1985年のことで、ヨーロッパ留学を予定していた長女について占ってもらうために個人鑑定を受けた。
このとき細木からは、「因縁を切るためには『五輪塔』の墓を建てることだ」と言われ、後日開催される「勉強会」に参加するよう勧められた。この間、約10分で鑑定料は6万円。
2週間後、東京で開催された勉強会(参加費一万円)に参加したAさんは、細木が力説する五輪塔の重要性を聞くが、結局あまりにも高額であるため夫が許してくれず、このときは墓を買うことはなかった。
ところが3年後の1988年に夫はガンで死亡。娘はヨーロッパ留学へと旅立つことになった。夫が亡くなることで不安を感じていたAさんだったが、そんな彼女に「六星占術 細木数子特別講演会 入場無料」と書かれた新聞広告が目に留まった。
無料ということで早速参加してみると、300人ほどの聴衆が集まっていたという。講演内容は相変わらず「因縁や祟りをなくすために墓を建てなさい」というもので、講演が終わると有料の「勉強会」への参加を促された。再度参加したAさんは、個人鑑定も受けることになった。このときに持参させられたのは、鑑定料20万円と戸籍謄本、家系図、墓と仏壇の写真。
夫が亡くなり経済的にも苦しいということ、そして留学中の長女が心配だと悩みを相談すると、「ほら、みてごらん。私の言ったとおりにすればご主人は死ななかった」と細木に言われ、持参させられた墓の写真を見せると、「こんなの墓じゃない。このままでは不幸がどんどん起こる」と脅されたという。
そして、このときは石材店の社長や社員が同席しており、その場ですぐに契約の話になった。このとき「夫が亡くなり経済的にも苦しい」と窮状を訴えたが、「借金してでも買わないと大変だ」と言われ、その後も墓石会社の社員と細木の秘書がAさん宅を訪れ、「細木先生の言うことに間違いはない。借金をして墓を建てても必ずうまくゆく」と説得されると、結局、自宅の土地を担保に銀行から借金することになった。
総額は細木が示した図面にもとづき、久保田家石材商店と交渉の結果、墓石代(据付工事含)約900万円、墓園の永代使用料が約100万円、そして旧墓の解体料なども含めると、総額で1000万円以上の額になったという。
ところがAさんの依頼した弁護士が、800万円余で購入した墓石を別の2業者に見積もらせたところ、2業者とも約200万円との見積もり結果を出した。
しかし残念ながら、この裁判は訴えから3年後の1996年12月26日に、話し合いの結果、原告が提訴を取り下げたことで決着がつくことはなかった。(すでに5年以上経過しているで、訴状などは残されていないが、佐賀地裁に問い合わせれば、現在でも訴えられた事実は確認できる)
せっかくの勇気ある行動だっただけに悔やまれる結果である。
【※注】 細木数子と墓石業者との関係については、『京都に蠢く懲りない面々』(講談社)にも個人鑑定参加者の話が載っており、その中で1800万円もの墓を勧められたという京都市在住の方の話が載っている。(結局、あまりの額にその場では契約せず、後で1000万円ほどの墓を買うことになったそうだが)
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『幸せになるための先祖の祀り方』(KKベストセラーズ)の中では、第一章から「この一家の信じられないような修羅」などというタイトルの不幸話があり、その後も次から次へと不安感を煽る話が書かれている。
ただし、単に不安感を煽るわけではない。脅しの後に「細木流の先祖供養をしたら救われた」という話をつけたり、細木数子にとって困ると思われること―つまり、細木流の先祖供養ではなく、仏教などの既存宗教での供養や、近年注目されている「散骨」など、墓石や墓地が不要な供養法を実行されるのを防ぐため、それらを実行すれば恐ろしい祟りがあると恐怖感を煽るのである。
こういった次から次へと断定口調で話を進められると、何か説得力のある話だと錯覚してしまい、不安になってしまう読者も多いことだろう。
ただ、この本がよく考えて書かれているのは確かだが、読む側も良く考えて読み進めれば、そう簡単に惑わされることはないと思う。
例えば細木数子が墓石に関する祟りについて述べている箇所がある。このとき、何も考えずに読んでいると、そのおかしさに気付かないが、ちょっと立ち止まって考えれたり調べたりすれば、実におかしな話だと気付く。
墓石が一般でも使われるようになったのは江戸時代以降である(それ以前は稀)。しかしその当時ですら、ほとんどの庶民は現代のような角柱型の墓石などは建てていなかった。また、現在私たちが「常識」として持っているお墓に関するスタイルが全国的に普及したのは、明治以降のことであり、決して太古の昔から連綿と続いてきた常識などではないのである。
もし細木数子が言っている祟りが事実なら、日本人はとっくの昔に滅んでいたことだろう。
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最後になるが、ひとつ書いておかなければならないことがある。それは細木数子や自称霊能者がよく言う「先祖の祟り」。聞き慣れた言葉なのでもっともらしく聞こえるが、これを率直に言い直せば先祖による陰湿な嫌がらせである。
自分(先祖)の嫌がらせによって子孫が不幸になり、苦しむ。これが本当に先祖の望むことなのだろうか? どんなに「眼が覚めました」、「先祖供養の大切さが分かりました」などと言ったところで、祟り(という名の陰湿な嫌がらせ)をきっかけにして自分に注意が向くという事実は、果たして先祖にとって満足できることなのだろうか?
また何より、子孫が不幸の原因から目をそらし「先祖の祟り」で納得している姿は、先祖にとって嬉しいことだろうか?
私には、不幸の原因から目をそらさず、失敗から学び、自身の成長の糧にしようと努力する前向きな姿こそ、先祖にとって本当に嬉しい姿なのではないかと思う。
少なくとも、子孫が不幸の原因を祟りのせいにし、不安感を煽る者に金を積んで満足している姿よりは、ずっと嬉しい光景だろう。
―金を積まずに徳を積め―
昔から言われるこのシンプルな言葉を、本当に理解し、行動に移せるようになるのは意外と難しい。エセ宗教家や自称霊能者、不安感を煽るような人物に不幸があると脅されれば、つい金を積んでしまう気持ちも分からないわけではない。
だが、もしあなたが本当に先祖供養をしたいと願っているのなら、金を積みそうな局面で上記の言葉を思い出してほしい。あなたが積むべきものは何なのか、その答えをこの言葉が教えてくれることだろう。
【参考資料】
- 『幸せになるための先祖の祀り方』 細木数子 (KKベストセラーズ)
- 『運命を開く先祖のまつり方』 細木数子 (世界文化社)
- 『あぶく銭師たちよ!―昭和虚人伝
』 佐野眞一 (文藝春秋)
- 『細木数子 地獄への道
』 細木数子被害者の会 (鹿砦社)
- 『細木数子―魔女の履歴書
』 溝口敦 (講談社)
- 『霊・因縁・たたり―これでもあなたは信じるか
』 柿田睦夫 (かもがわ出版)
- 『細木数子の黒い真実』 野崎輝 (ぶんか社)
- 『京都に蠢く懲りない面々』 (講談社)
- 『新潮45』 2005年4月号 (新潮社)
- 『お墓の誕生』 岩田重則 (岩波書店)
- 『六星新聞 水色の会』 細木数子 (薫白莟)
- 『薫白莟有限会社:現在事項全部証明書』 東京法務局新宿出張所
- 『玉実己有限会社:現在事項全部証明書』 京都地方法務局
- 『株式会社亘徳:現在事項全部証明書』 京都地方法務局
- 『宗教法人大国教会:現在事項全部証明書』 京都地方法務局
