自己紹介


このページでは、管理人の自己紹介や考え、さらにはこれまでに読者の方からいただいたご質問の中でも比較的多いものについて、いくつかお答えてしていきます。


【ハンドルネーム】 ウィザード
【年齢】 20代
【性別】 
【趣味】 超常現象の調査、マジック
【サイト名】 超常現象の謎解き
【サイトURL】 http://www.nazotoki.com/
【サイト開設日】 2005年2月1日


昔は超常現象ビリーバー(信奉者)

こういった懐疑系のサイトを運営していると、昔から超常現象には懐疑的で、詐欺やイカサマには騙されないタイプの人間なのだと思われがちですが・・・
昔はよく詐欺とかに引っかかってました。一言で言えばカモです。超常現象も多くを信じていました。特にハマっていたのは超古代文明やオーパーツですね。

 

10代の頃

勉強が嫌いだったこともあり、なんとか高校は卒業したものの大学には行きませんでした。また、10代から水商売でも働いていたので、金遣いは荒く、インチキ商法などにも金をつぎ込んでました。

 

懐疑論者の存在を知ったキッカケ

20歳の頃に読んだ、カール・セーガン 科学と悪霊を語る(新潮社)という本がキッカケでした。

もともとは、当時、オーパーツや超古代文明にハマっていた私が夢中で読んでいた『人類は二度生まれた』前川光【著】(大日本図書)という本の中で、セーガンが肯定的に紹介されていて、興味を持った私は彼の本を探して読んでみたのです。

そしたら、これが凄く面白い。気づいた頃には彼の著書をほとんど読み尽くし、最後に残ったのが上記の『カール・セーガン科学と悪霊を語る』(新潮社)でした。

この本は、それまでの本と違い、超常現象に関する話題を多く扱っており、著者のセーガン自身も「懐疑論者」としての面を強く出していました。
もちろん当時の私は、 懐疑 ( かいぎ ) という言葉も知らなければ、 懐疑論者 ( かいぎろんしゃ ) という存在も知りませんでしたので、その存在を知ったのは、この本が初めてです。

 

ビリーバーから懐疑論者へ

『カール・セーガン 科学と悪霊を語る』を読んでみると、そこには私が全く知らなかったことが数多く書かれていました。懐疑することの重要性や、懐疑論者のジェイムズ・ランディの活躍、超常現象の懐疑的調査組織「CSICOP」(サイコップ)の存在や、その設立の経緯。

これらのことを知った私は、超常現象の本物を見つけるには「肯定」でもなく「否定」でもなく、「懐疑」こそが一番ベストなスタンスなのではないか? と考えるようになりました。

ろくな懐疑精神も持たずに、あれもこれも本物だと安直に決めつけていたのでは、どれがニセモノで、どれが本物なのか区別がつきません。かといって、ろくな調査もせずに、頭ごなしに「あるわけない」と決め付けていたのでは、本物があったときにその存在に気づきません。

しかし、「本物だ!」とか「あるわけない!」といった結論はとりあえず置いておき、まずは懐疑的に注意深く調査していくスタンスをとれば、嘘やイカサマがあった場合にその多くを見破れます。(正しい知識と経験、そして洞察力が必要ですが)
また調査した結果、嘘やイカサマの可能性がなく、話に信憑性があれば―つまり本物の可能性がある事例が見つかった場合、その存在に気づくことができます。

このように考えた私は、それまでろくな懐疑精神も持たず、軽信する傾向を持っていたビリーバーから、懐疑論者を目指すようになりました。

 

真相を知る

転向を決めてからは、それまでのビリーバー的な考え方から脱却するため、懐疑的な本も多く読むようになりました。

もちろん、これらの本では私が信じていたことが次々に暴露されていきます。でも不愉快に感じたりはしませんでした。むしろ、それまでの自分自身の無知とカン違い、行動力の無さに恥ずかしさを覚えたくらいです。(「ピリ・レイスの地図」などは特に)

 

超常現象やオカルトが大好き

当サイトではオカルトに批判的なことも書いてますが、決してオカルトを撲滅しようなどとは思っていません。もちろん嫌いでもありません。

私にとって、超常現象やオカルトは最も関心のあることであり、常に関わりを持っていたいと思っています。たとえ批判的なことを書いていても、超常現象や
オカルトは大好き
なんです。嫌いだったら、ビリーバー本を何百冊も読んだりしません。手間をかけて調査したりもしません。

本当に好きだからこそ、安直に「本物」だと認定されることに納得がいかないし、詐欺師やイカサマ師が平然とホラを吹き、安直なビリーバーから革命的であるかのように賞賛されているのを見ると、それは違うと思うわけです。

話を捏造することが夢のあることでしょうか? 読者が気づくわけないとナメきって平然と嘘情報を流すことがロマンのあることでしょうか?
何十年も前から繰り返され、カビの生えたネタを使いまわすことが革命的なことでしょうか? どんなに論破され、明確な証拠や懐疑情報を前にしても、その証拠や情報から逃げて無視することは、開明的で心の広い人間がすることでしょうか?

超常現象やオカルトが好きな私にとって、この問いに対する答えは全部ノーです。

 

オカルトの楽しみ方

私自身は上でも書いたとおりオカルトが大好きです。
オカルト雑誌『ムー』は年間定期購読してますし、創刊号も持っています。また、海外のビリーバー系の雑誌も年間定期購読しています。ビリーバーの本と雑誌、小物などを合わせると、かなりの数になります。

たぶんオカルトに理解がない人が私の所持品を見たら、頭のイカレタ信奉者だと思うことでしょう。でも懐疑論者になっても、オカルトが大好きだという気持ちは変わりがありません。そのへんのビリーバーには負けない情熱をもっていると自負しています。

ただしオカルトの楽しみ方は変化しました。ビリーバーの頃は検証など抜きで、与えられた不思議を闇雲に信じるだけでしたが、懐疑論者になってからは、自分でも詳しく調べたりするようになり、安直に信じることはなくなりました。

ところが日本では、超常現象の嘘やイカサマが暴かれて真相を知ってしまえば、まったく楽しめなくなると思っている人が多くいるようです。(真相を知った後のよく聞く苦情は「夢やロマンがない」)

でもね、実際はそんなことないんです。
健全な懐疑精神を持っていても、真相や懐疑情報を知っても、オカルトは十分に楽しめます。もちろん「夢やロマンを持ちながら」です。

こういった人たちには、自ら調査し、謎解きする楽しみと、そういった「ふるい分け」を経て残った使い古されたネタでもなく、型にもハマらない、本当に奇妙で不思議な出来事を楽しむという方法があることを、ぜひ知ってもらいたいと思っています。

 

ご質問やご要望

以下では、これまでにいただいたご質問やご要望の中でも、比較的多いものについてお答えします。


・掲示板を設置してほしい。

残念ながら、今のところ掲示板を設置する予定はありません。当サイトでは開設当初から掲示板を設置していませんでしたが、開設当初は、掲示板の管理より新記事のアップに時間をかけたかったというのが不設置の第一の理由でした。しかし、開設から一年半経った現在でも新記事のアップは予定の半分もできていませんので、設置は現在でも無理な状態です。(新記事のアップを優先させたい)


・江原啓之について調べた記事を読みたい。

彼については以前から継続して調べていますが、細木数子と同じく著書が非常に多く、出演番組も多いため、調査には時間がかかります。その点をご理解ください。


・こういった批判的な記事を掲載しているサイトを管理していると、反論や誹謗中傷のメールが多いのでは?

意外にも、ほとんどないです。
それでも全く無いわけではないので、いくつかはありますが、きちんと中身のある反論であればちゃんと相手はします。こちらに間違いがあれば訂正もします。ただし中身の無い単なる誹謗中傷メールや、礼儀をわきまえないものは論外なので、即ゴミ箱行きです。


・「懐疑」の読み方は?

「かいぎ」と読みます。


・トップページにある「The Marriage of Skepticism and Wonder」とは、どんな意味?

「懐疑する精神と驚嘆する感性の結婚」という意味です。
もともとは懐疑論者のカール・セーガンが指針とした言葉で、一見すると相反するこの二つを同居させることが、真相を探る懐疑論者にとって大変重要なことであり、目標とすべきことなので、トップページに掲げることにしました。