世界一有名なUMA「ネッシー」

伝説

イギリス、スコットランド北部のネス湖には、世界的に大変有名なUMA(謎の未確認動物)の「ネッシー」がいる。

ネッシーは、海外ではそのニックネームの他に、「ロッホ・ネス・モンスター」という呼び名も一般的。「ロッホ」はスコットランドで使われる言葉(アメリカ英語の発音だとロック)で「湖」の意味。つまり一般的な呼び名は「ネス湖のモンスター」になる。

ネッシーの体長は3~13メートル。小さな頭に細長い首、ヒレと長い尾を持つとされる。目撃情報は古くからあり、最古のものでは西暦700年頃。『聖コルンバ伝』という書物にネッシーの記録がある。

それ以降、目撃の記録はしばらく途絶えるが、20世紀に入るとネッシーの目撃記録は激増。

1933年にジョージ・スパイサーがネス湖のほとりをドライブ中、ネッシーらしき生物を目撃したケースを皮切りに、同年にはネッシーの姿をはじめてとらえた写真が撮影され、1934年には有名な「外科医の写真」も撮影された。

外科医の写真

湖面から頭を出すネッシーの姿をとらえたとされる通称「外科医の写真」

その後も1951年には、林業者のラフラン・スチュアートが、湖面から突き出たネッシーのコブをはじめて撮影することに成功。1955年には銀行員のピーター・マクナブが、ネス湖を泳ぐネッシーの写真を撮影。この写真では湖に隣接するアーカート城が一緒に写っており、その比較からネッシーの体長が大きいもので10メートル以上はあることが判明した。

湖面から見えるのがネッシー。右側に見える建物がアーカート城。
(出典:『The Monsters of Loch Ness』)

1960年にはネッシー研究家のティム・ディンスデールによって、ネッシーの動画がはじめて撮影されている。また同年には、消防士のピーター・オコンナーが、20メートルあまりの近距離からネッシーを撮影。写真に写るネッシーの、その存在感あふれる姿が話題を呼んだ。

オコンナーが撮影した鮮明なネッシー写真
(出典:Richard Raynor「A Study of the Peter O’Connor photograph of the Loch Ness Monster」)

1972年1975年には、ボストン応用科学アカデミー調査団がネス湖の水中探査を行い、ネッシーのヒレや頭、全身の写真を撮影することに成功している。

さらに21世紀になっても目撃報告は途絶えない。2011年にはネス湖で遊覧船の船長を務めるジョージ・エドワーズによって、水面から姿を見せるネッシーのカラー写真が撮影された。

専門家の鑑定でニセモノの可能性はないとされた
(出典:Daily Mail「Skipper claims to have finally found proof that Loch Ness Monster exists」)

このように、ネッシーの実在を示す証拠は次々と出ている。もはや「未確認動物」とするには無理があるほどで、その存在がはっきりと認められる日もそう遠くはない。

謎解き

ネッシーはUMAの中でもズバ抜けた知名度がある。海外では、単独で「UFO」のような一大ジャンルと並べて紹介されるほどで、ネッシーのことをまったく知らない、という人は少数かもしれない

ネス湖も観光地として人気があり、現地を訪れた人たちが、ネッシーらしきものの写真などを撮影したとして、たびたび話題になる。

そこで、このページでは、そうした写真や動画、古記録の中から有名なものを選び、それぞれの謎解きを行っていきたい。

『聖コルンバ伝』にネッシーの記録がある?

ネッシーが記録上、はじめて現れるのは西暦700年頃に書かれた『聖コルンバ伝』という書物だとされている。これはアイルランドの聖人コルンバにまつわる聖人伝。

聖コルンバの想像画

ジョゼフ・ラトクリフ・スケルトンによる聖コルンバの想像画
(出典:『Scotland’s story : a history of Scotland for boys and girls』)

そこには聖人コルンバが聖なる力によって水の獣を追い払ったという話が載っている。その獣がネッシーのことだという。

本当だろうか? 実際に該当箇所を読んでみると、そこには「残忍」「大きく口をあけた」「人をかみ殺した」といった描写はあるものの、生物そのものについては単に「水の獣」としか書かれていないことがわかる。

どんな姿をしていて、どれほどの大きさだったのかなど、外見がよくわかる描写はない。

しかも、その獣が現れたのは「ネス川」で、ネス湖ではなかった。他の箇所ではネス湖についての言及があることから、書き手はネス川とネス湖が別の場所であることはわかっていたことがうかがえる。

そもそも歴史的な事実が書かれている保証はない。『聖コルンバ伝』を書いたアイオナ島の修道院長アダムナーンは、コルンバ(597年没)の死後約30年経ってから生まれた人物。当然、2人の間に面識はなく、『聖コルンバ伝』自体もコルンバが亡くなってから約100年後(完成時期は697年~704年の間)に書かれたものだった。

さらに聖人のエピソード自体もありふれたものだという指摘がある。歴史家のチャールズ・トーマスによれば、「聖人が残忍な生き物を追い払い、その奇跡を目の当たりにした異教徒が神の偉大さを認めるストーリー」は、他の初期のイギリスとアイルランドの聖人伝にもよく見られるという。

このように、『聖コルンバ伝』にネッシーの記録があるという主張には残念ながら明確な根拠がなかった。

目撃報告が急増するのは1933年以降

ネッシー研究家のエイドリアン・シャインによれば、1933年7月22日までは、ネッシーの典型的なイメージである「長い首を持つ水棲怪獣」の目撃報告はなかったという。

それを初めて目撃したというのは、ロンドンからネス湖にドライブに来ていたジョージ・スパイサーという人物。彼はネス湖畔の道路を走行中、前を横切る首の長い怪獣のようなものに遭遇したと主張している(口には何か動物のようなものをくわえていたらしい)。

この主張に対し、UMA研究家のダニエル・ロクストンは、スパイサーの目撃内容は同じ年に公開された大ヒット映画『キングコング』の影響を受けていると指摘する。

この映画がロンドンで公開されたのは1933年4月10日のことで、映画には先述のイメージによく似た水棲怪獣が登場する。それは陸地も歩き、口に人をくわえてもいた。実際、スパイサーは『キングコング』を見ていたことを認め、自身が目撃したものは映画に出てくる水棲怪獣のようだったとも語っている。

残念ながらスパイサーは写真を撮っておらず、証拠もないため、彼が何を見たのか(もしくは見なかったのか)、今となっては検証することが難しい。

けれども映画が公開され、スパイサーの目撃内容が新聞で大きく報じられて以降、首の長いネッシーの目撃報告が増えるのは確かである。

ちなみに1933年以前のネス湖は、寂れた場所ではなく、過去数十年にわたって観光地としてにぎわう場所だった。1840年代にはネス湖と近くの都市を結ぶカレドニア運河が建設されたことにより、汽船で小旅行をする観光客が増えていた。1873年9月にはヴィクトリア女王もネス湖に旅行している。

しかし、それだけにぎわっていたにもかかわらず、謎の生物の目撃報告自体ほとんどなかった。こうしたことを踏まえれば、1933年の映画と新聞報道の影響力の大きさがよくわかる。

1933年のヒュー・グレイの写真

ここからは、ネッシーを扱った本などでよく紹介されている、ネッシー実在の証拠になるかもしれないという画像を取り上げていきたい。

ヒュー・グレイの写真

ヒュー・グレイの写真。オリジナルはもっとぼやけているため、これは濃淡を強くしている。
(出典:『Hunting Monsters: Cryptozoology and the Reality Behind the Myths』)

上の画像は1933年11月12日に、アルミニウム会社に務めるヒュー・グレイによって撮られた写真。これが世界初のネッシー写真だとされている。

1933年3月にアルディ・マッケイが最初の写真を撮っていたという話も日本では一部で書かれる。しかし海外ではまったく広まっておらず、情報源も不明だった。

グレイの写真については、「犬のラブラドール・レトリバーが棒をくわえて泳いでいるところ」を撮ったのではないか、とも言われている。

ラブラドール・レトリバー

ラブラドール・レトリバーが棒をくわえて泳いでいる例
(出典:「AKC Labrador Retrievers」http://norbertinesisters.org/akc-labrador-retrievers/)

あるいは白鳥を撮ったのではないかという意見や、サンショウウオを撮ったものだという意見もある。

いずれにせよ写真は不鮮明すぎるため、そこから何か決定的なものを引き出すことはできない。ネッシーの写真というよりは、見る人によって、いろいろな解釈ができてしまう面白写真と考えた方が良さそうだ。

1934年の外科医の写真

下の画像は、1934年4月19日に、婦人科医のロバート・ケネス・ウィルソンによって撮られたとされる写真。同年4月21日に『デイリー・メイル』紙に掲載され、世界的に広まった。今日では通称「外科医の写真」として知られている。

外科医の写真

ネッシーの代名詞ともいえる外科医の写真。
海外では首謀者の名前から「ウェザレルの写真」と呼ぶべきだという意見もある。
(出典:『The Monsters of Loch Ness』)

周囲が切り取られていないフルサイズの外科医の写真。
こちらを見ると「ネッシー」とされたものが実は小さかったことがわかる。
(出典:『Nessie : The Surgeon’s Photograph Exposed』)

この写真は1993年に、ウィルソンの友人だというクリスチャン・スパーリングという老人が、死に際に「外科医の写真はオモチャを使って撮ったイタズラだった」と告白したことでも知られている。

クリスチャン・スパーリングは1993年11月に89歳で死去。彼の告白が『サンデー・テレグラフ』紙で発表されたのは、それから4ヵ月後の1994年3月13日のことだった。
クリスチャン・スパーリング

ネッシーの模型作りを担当したクリスチャン・スパーリング
(出典:『Nessie : The Surgeon’s Photograph Exposed』)

一部では死に際の告白で証拠は何もなく、告白自体がジョークだったのではないかとする意見もあるが、これには大きな誤解がある。実はスパーリングが告白したのは亡くなる数年前からで、イカサマを告白した人物も他にいたからだ。

1975年の12月7日。この日、イギリスの『サンデー・テレグラフ』紙に、外科医の写真は潜水艦のオモチャを使って撮られたイタズラであるという告白記事(タイトルは「モンスターの作り方」)が初めて掲載された。

告白した人物はイアン・ウェザレル。イアンによれば、イタズラの発案者は父のマーマデューク・ウェザレルで、その父らと潜水艦のオモチャを使って撮ったのが外科医の写真だったという。

マーマデューク・ウェザレルはハンターの他、映画監督や俳優(イアンも俳優)もやっていた。明るく活動的で、変人、ゴロツキ、イタズラの達人とも言われる。外科医の写真が話題になってから5年後の1939年にガンで死去。享年53だった。
ウェザレル親子

左が息子のイアン・ウェザレル、右が父親のマーマデューク・ウェザレル。
(出典:『Nessie : The Surgeon’s Photograph Exposed』)

ところが、その告白記事には写真がなく、量もそれほど多くなかったためか、当時ほとんど注目を集めることはなかった。

そうした中、1990年にネッシー研究家のエイドリアン・シャインが、この埋もれていた重要な記事を発掘。知り合いの研究家、デヴィッド・マーティンアラステア・ボイドに調査を依頼し、彼らは3年あまりにわたって関係者に取材を重ねた。

その結果、様々なことがわかった。まず、外科医の写真をデッチ上げるきっかけになったのは、1933年12月に起きた「カバの足跡事件」だった。

これは当時、イギリスのタブロイド紙『デイリー・メイル』が組織したネッシー調査隊が、湖畔で謎の足跡を発見したというものだ。

このとき調査隊のリーダーを務めていたのが、前出のマーマデューク・ウェザレルである。彼は現地につくと、わずか2日で足跡を発見。しかし、その足跡の石っこう型がイギリスの自然史博物館に送られ、鑑定されると、「カバの足跡で、おそらく標本などによってつけられた作り物」という結果が出た。

この鑑定結果については、前出のマーティンとボイドが追跡調査している。それによれば、1994年にウェザレルの孫のピーター・ウェザレルを見つけ出し、彼から当時、祖父が足跡の偽造に使ったとされる銀製の灰皿を見せられたという。

その灰皿は土台部分にカバの足が装飾されており、その足は、当時スケッチされた足跡とそっくりであることが確認された。

カバの足の飾りがついた銀製の灰皿
(出典:『Nessie : The Surgeon’s Photograph Exposed』)

やはり、ウェザレルは足跡をデッチ上げていた。しかし、これにより、ウェザレルは『デイリー・メイル』をクビになってしまった。これを逆恨みして起こしたのが「外科医の写真」のデッチ上げである。

ウェザレルは模型を使った計画を立てると、息子のイアン・ウェザレルと義理の息子のクリスチャン・スパーリングを誘った。彼らは模型作りを担当したという。

模型は湖面に浮かべるための潜水艦のオモチャ部分と、湖面から突き出て「ネッシー」に見せかけるための恐竜模型部分からなっていた。潜水艦のオモチャは「ウールワース」というイギリスの雑貨チェーン店で購入され、恐竜模型は手作りだった(頭と首はプラスチック・ウッドを使ったもので、製作期間は約1週間)。

潜水艦の模型。すでに原物は残っていないが、スパーリングがカタログの中から
原物に一番近いとして選んだのがこの模型だった。
(出典:『Nessie : The Surgeon’s Photograph Exposed』)

こうして出来たネッシーの模型は、当時、ロンドン近郊のトゥイッケナムにあった池でテストされた後、ネス湖に運ばれる。そこでは「小さな波が大きな波のように見える入り江」が選ばれ、イアンが「外科医の写真」を撮った。

あとは発表するだけである。しかし、ウェザレルが発表したのでは疑われるのが目に見えている。そこで彼は写真を友人で保険ブローカーのモーリス・チェンバースに渡し、チェンバースは友人で医師のロバート・ウィルソンに写真を『デイリー・メイル』に投稿してくれるように頼んだ。

ウィルソンが選ばれたのは、社会的に信用されやすい「医師」という肩書きを持っていたからである。この思惑は当たった。しかし、その反響は予想を大きく越えていた。

本来はスクープに見せかけて話題にさせた後に真相を暴露して、『デイリー・メイル』に恥をかかせるつもりが、なかなかそんなことは言い出せない状況になってしまったのである。

「外科医の写真」に関係する5人の主要人物たちの相関図

イアンは1975年にイカサマを告白。スパーリングはそれを追認するかたちで1991年にはじめてイカサマを認めた。スパーリングの告白は没後の1994年に発表されたが、それまでの間、何度も研究家の取材に協力していた。ウィルソンは写真の受取りと投稿をしただけで、カバの足跡事件を含め、イカサマの現場には関わっていなかった。

これが外科医の写真の顛末である。なお、後にスパーリングが告白した模型の大きさでは不安定でまっすぐ水に浮かないという指摘が出たが、これについてはイギリスのテレビ制作会社「ITN」が同じ寸法の複製モデルをつくり、まっすぐ浮くことを確認しているという。

また、デヴィッド・マーティンとアラステア・ボイドも同様の模型を使い、再現写真を撮ることに成功している。

「外科医の写真」のネッシー模型のサイズ感を示す写真。
スパーリングによれば首の長さは約30センチだったという。
比較写真の人物は研究家のエイドリアン・シャイン。(出典:『Loch Ness』)

ちなみに、外科医の写真には2枚目に撮られたとされるものもある。それが下の写真。

写っているのはカワウソだという意見もある
(出典:『Nessie : The Surgeon’s Photograph Exposed』)

実際には同じ場所で同じ時に撮られたものかはわかっておらず、原板も1930年代になくなっている。そのため、この写真をもとに外科医の写真について論じることはほとんど意味がない。

1951年のラフラン・スチュアートの写真

下の画像は、1951年7月14日に林業者のラフラン・スチュアートが、ネス湖の岸から約40メートル離れたところを泳ぐネッシーのコブをとらえたという写真。

スチュアートの写真。史上初めてネッシーのコブを撮影した写真だと言われている。
(出典:Dick Raynor「The Lachlan Stuart Photograph examined.」
http://www.lochnessinvestigation.com/lachlanstuartexamined.html)

これは、後にスチュアートが著述家のリチャード・フレアにイカサマを告白している。写真に写っている「コブ」は、干し草を入れるカゴに防水シートを被せたものだったという。

撮影現場は、ネッシー研究家のリッキー・ガードナーディック・レイノアが特定しており、実際は岸から数メートルしか離れておらず、水深もわずか60~75センチしかなかったことが確認された。

同じ現場で撮られた写真。実際は岸からかなり近く、めっちゃ浅かった。
左側に立って手を上げているのがディック・レイノア。
(出典:Dick Raynor「The Lachlan Stuart Photograph examined.」
http://www.lochnessinvestigation.com/lachlanstuartexamined.html)

1955年のピーター・マクナブの写真

下の画像は、1955年7月29日に銀行員のピーター・マクナブが撮影したという写真。

マクナブの写真。こちらは通称「ホワイト版」。左側の湖面に見えるものがネッシーだという。
(出典:『The Monsters of Loch Ness』)

マクナブの写真については、ネッシー研究家のコンスタンス・ホワイトがマクナブからオリジナルのネガの提供を受けて自著で最初に掲載した、通称「ホワイト版」と、UMA研究家のロイ・マッカルが同様に提供を受けた「マッカル版」がある。

マクナブの写真その2。こちらは通称「マッカル版」と呼ばれている。
(出典:『The Monsters of Loch Ness』)

奇妙なのは、共に1枚しか残っていないといわれていたオリジナルのネガからフルサイズで現像された写真にもかかわらず、細部が異なっているように見えることだ。マッカルはこの点を不審に思い、ホワイト版との詳しい比較を試みた。

その結果、マッカル版ではホワイト版にあった左下の木の茂みや、右側の湖岸、そして湖面に反射する建物の像などが異なっていることがわかった。

私も2つの写真を重ねて比較してみたが、ホワイト版を基準にすると、マッカル版は左上にずれていることがわかった。

それぞれに色をつけたホワイト版(緑)とマッカル版(グレー)の比較

マッカルは、自身の版の建物や反射像が不自然に傾いている(歪んでいる)ことなども指摘した上で、そうした歪みは写真を偽造した際にできたものではないかと疑っている。

おそらく本当のオリジナルは別にあり、そこから偽造して成功したのがホワイト版で、少し失敗したのがマッカル版であるようだ。

1960年のディンスデールのフィルム

下の映像は、1960年4月23日に、ネッシー研究家のティム・ディンスデールが撮影したもの。史上はじめて、動くネッシーをとらえたとして注目を集めた。

これをイギリス空軍の統合航空偵察情報センター(JARIC)が分析したところ、映っているのは「おそらく生き物」だと発表されたことにより、信憑性が高い映像だとも考えられてきた。

しかし、ネッシー研究家のエイドリアン・シャインの分析結果は違っている。彼はフィルムを1コマずつ検証し、「ネッシー」とされたものに操舵手とよく似たものが映っていることを発見。湖面を動いていたのはボートだったのではないかと指摘した。

この分析結果は、JARICで分析を担当したメンバーにも2005年に認められている。

1960年のピーター・オコンナーの写真

下の画像は、1960年5月27日に、消防士のピーター・オコンナーが撮影した写真。

オコンナーのネッシー写真
(出典:Richard Raynor「A Study of the Peter O’Connor photograph of the Loch Ness Monster」)

ネス湖でキャンプをしていた同日午前6時30分頃、湖で動くものを見つけ、約23メートル離れたところから撮影したものだという。

しかし、当日の日の出は撮影時間の1時間以上前で、背景がこれほど暗いのはおかしいという指摘がある。また被写体までの距離も、反射しているフラッシュの当たり方と使われたカメラなどから矛盾があると指摘されている。

さらに被写体そのものにもフェイクの疑いがかけられている。イギリスの動物学者モーリス・バートンは、現場を訪問したところ、3つの大きなポリエチレン袋と紐、それに約20センチの石と棒が残っていたと証言している。

バートンによれば、袋と棒を組み合わせて頭と首を作り、それに重しとして石をつけて沈めれば、写真に写っていたネッシーの頭部とよく似たものが作れたはずだという。

一方、胴体部分については、ネッシー研究家のディック・レイノアによって、カヤック(競技用カヌー)をひっくり返したものである可能性が指摘されている。

胴体部分に使われたと考えられているカヤック
(出典:Richard Raynor「A Study of the Peter O’Connor photograph of the Loch Ness Monster」)

レイノアは、2010年にオコンナー一家が写真撮影の50周年記念としてネス湖へ旅行したときに同行する機会を得た。するとそこで50年前の当時持っていかれた折りたたみ式のカヤックを見せられたという。それが胴体部分に似ていたというのだ。

後日、気になったレイノアは、そのカヤックと同じモデルがないか調査。よく似たものとして「タイン・プリフェクト」というモデルを見つけた。

オコンナーの家族はそれとは違うモデルだと異論を述べているようだが、レイノアは船尾にある舵用の突起のひとつがオコンナーの写真にも写っていることを指摘している。

1970年代のボストン応用科学アカデミー調査団の写真

下の画像は、ボストン応用科学アカデミー調査団が実施したネス湖の水中探査の際に撮影されたもの。1972年8月にネッシーのヒレを撮ったとされる3枚と、1975年6月にネッシーの全身と頭を撮ったとされる2枚がある。

ヒレの写真とされるものの1枚
(出典:「Loch Ness Underwater Photographic Evidence」http://www.loch-ness.org/underwaterpictures.html)

まず、ヒレの方は1980年にネッシー研究家のトニー・ハームズワースがオリジナルの写真を入手し、そこには非常に曖昧なものしか写っていなかったことを明らかにしている。よく出回っている「ヒレ」のようなものが写る写真は、鉛筆によって書き込まれたものだったという。

鉛筆を使って強調されたヒレの写真(出典:『Loch Ness』)

一方、1975年の頭の方(怪物のガーゴイルに似ていることから「ガーゴイル・ヘッド」とも呼ばれる)は、1987年に行われた水中探索の際に、ディック・レイノアによって同じ水域から木の幹が発見された。

それは見た目の様子が「顔」とされたものとよく似ていることから、顔の正体は木の幹だった可能性が高いと考えられている。

中央の写真が1975年に撮影されたガーゴイル・ヘッド。
左右の写真が1987年に発見された木の幹。
(出典:Dick Raynor「Sunken Logs」http://www.lochnessinvestigation.com/sunken.html)

また全身の方も、幹に見られる突起のようなものが写っていることや、首とされる部分も幹の一部か枝に似ていることから、正体はそうした木の残骸の可能性があるという。

1977年のアンソニー・シールズの写真

下の画像は1977年5月21日に、自称サイキック・エンターテイナーのアンソニー・シールズによって撮られたとされる写真。

シールズのネッシー写真

この写真については、アメリカのUFO研究団体「グラウンド・ソーサー・ウォッチ」(GSW)が分析している。それによれば「ネッシー」は平面的で、あるべき影がなく、頭と首に見える明るいハイライト部分は描かれたように不自然だという。

またネッシー研究家のスチュアート・キャンベルは、シールズ本人から撮影場所や被写体までの距離(約90メートル)、使われたカメラなどについて詳しく話を聞いた。

その結果、シールズの話が正しければ、背景にネス湖の対岸が写っていなければおかしいことが判明。シールズの話は信用できないとしている。

今日では、シールズの写真を本物だと考える研究家は少なく、その多くは模型か絵を合成したものだと考えている。

2011年のジョージ・エドワーズの写真

下の画像は、2011年11月2日に、ネス湖で遊覧船の船長を務めるジョージ・エドワーズが撮影した写真。

エドワーズのネッシー写真
(出典:Daily Mail「Skipper claims to have finally found proof that Loch Ness Monster exists」)

この写真はエドワーズの友人が所属するアメリカ軍に送られ、分析されたところ、ニセモノではないという結果が出たとされた。

けれども、この写真については2013年10月になって、エドワーズ本人が実はニセモノを使ったイタズラだったと告白している。

模型と一緒に写るのはネッシー研究家のスティーブ・フェルサム。
彼はエドワーズの写真にダマされてしまった1人で、模型と判明後にエドワーズを批判している。
(出典:Daily Mail「Loch Ness Monster photograph is a hoax」)

エドワーズの写真に写っていたネッシーのようなものは、2011年にナショナル・ジオグラフィック・チャンネルの番組で使われたネッシーの模型だったという。エドワーズはこの番組の制作に関わっていたため、模型を入手しやすかったそうだ。

ネッシー=プレシオサウルス説

このように、これまで話題になった画像は、どれもネッシー実在の証拠として扱うには難しいものばかりだった。

それでもネス湖でネッシーのようなものを目撃したという報告は後を断たない。そこでここからは、ネッシー目撃報告の正体として考えられているものをいくつか紹介しておきたい。

まず、最もよくあげられるのはプレシオサウルス説。プレシオサウルスは約2億年前の海に生息していたとされる大型の爬虫類で、体長は3~5メートル。長い首を持つ恐竜のような外見から、ネッシーの正体として昔から考えられてきた。

プレシオサウルスの骨格(Photo by Mike Peel)

ところが、プレシオサウルス説には問題点がいくつも指摘されている。まずプレシオサウルスが絶滅を逃れ、生き残っていたとしても、どうやってネス湖に入ったのかという問題。

実はネス湖ができたのは約7000年前と新しく、残念ながら昔からネス湖で生きていたという可能性はない。

また、仮に何かたどり着く方法があったとしても、今度はネス湖でどうやって生きていくのか、という問題が出てくる。ネス湖は生息している魚類が少なく、その魚類の餌となるプランクトンも非常に少ない。

信州大学の花里孝幸教授の試算では、体長3メートル、体重1トンの変温動物の場合(大型のワニと同程度)、わずか1.9個体しか生息できないという。これではすぐに絶滅してしまう。

体温を一定に保たなければならない恒温動物の場合はもっと厳しく、体重100キロで1.6個体、300キロなら0.7個体だという。

ならば、仮に未発見の海とつながった湖底トンネルがあるとしたらどうだろう。この場合、餌は海で取ることができるかもしれない。

ただし、これにも問題点があった。ネス湖の海抜は16メートル。もし海とつながっているなら同じ高さになるはずだという指摘がある。また、そもそも高低差があるなら強い水圧が生じるため、トンネルから弾丸のように押し出されてしまうはずだという指摘もある。

またプレシオサウルスの場合、そもそも骨の構造からして、ネッシーの目撃情報にあるような水面から頭を高く持ち上げた姿勢はとれないという問題もある。

下の写真をご覧いただきたい。これはプレシオサウルスの首の骨をアップにしたもの。首の上には「神経棘」(しんけいきょく)と呼ばれる細長い板のような骨が並んでいる。

プレシオサウルスの神経棘。左側が頭。
頭を高く上げようとすると矢印のようにぶつかってしまう。

プレシオサウルスにはこの骨があるため、首を90度近く曲げて、水面から頭を出すような姿勢はとれない。それをやろうとすると、骨と骨がぶつかり、折れてしまうからだ。

このようにプレシオサウルス説自体は魅力があるものの、残念ながら問題点は多いのが実情となっている。

その他に正体として考えられるもの

それでは他の説はどうだろうか。海外では誤認説も根強い。具体的には、波、流木、水鳥、アザラシ、カワウソの誤認がよく指摘される。

波はうねるため、コブ状の目撃報告を生みやすい。たとえばネス湖で1931年から運航されていた「スコットⅡ」という定期船の船首は氷を砕く仕様になっていたため、特にうねる波を生みやすかったことで知られている。

そうしてできた波は簡単には消えない。ときには船から100メートル以上離れて船が視界から消えても、波は残っていることすらあった。その場合、遠く離れた場所から目撃して、それが船によってできた波であると認識することは困難である。

流木も誤認を生みやすい。エイドリアン・シャインによれば、ネス湖では独特の地形と気候により、水面上の波の向きと、水面下の水の流れが逆方向になる現象が起きるという。

この現象が起きると、本来、推進力を持たないはずの流木でも、流れに逆らって泳いでいるように見えてしまう。その結果、流れに逆らっているのだから生物に違いない、という誤認につながる。

実際にネス湖で見られる流木の写真(出典:『Loch Ness』)

一方、水鳥の場合は、水面から首を出した姿そのものが、首の長い生物に似ているために誤認されやすい。実際、初期の目撃者の一人、アレックス・キャンベルは、1933年にプレシオサウルスを目撃したと証言したものの、正体は水鳥(鵜)だったとして、後に証言を撤回している。

次にアザラシの場合は、複数頭が泳いだり沈んだりを繰り返している姿がコブを持つ生物に誤認されやすい。そのため古くは1930年代からネッシーの正体のひとつとして指摘され続けている。

ちなみに、かつてネス湖のアザラシについては、目撃報告はあるものの、写真が撮られていなかったため、その実在を疑う声があった。

ところが、1985年に初めて決定的な写真が撮られた。そして約7ヵ月にわたってその生態も観察されたことにより、ネス湖にアザラシがいることは証明された。

1985年2月27日にネス湖で撮影されたアザラシの写真。
ネス湖ではハイイロアザラシとゼニガタアザラシが確認されている。
(出典:Williamson「SEALS IN LOCH NESS」)

アザラシはネス湖につながる川でもたびたび目撃されていたため、川と湖を行き来していると考えられている。

他には、カワウソの誤認を指摘する意見も根強い。下の写真は、カナダのブリティッシュ・コロンビア州ビクトリアにある、マウント・ダグラス・パークのビーチで撮られたもの。4匹のカワウソが水面から出たり入ったりしている様子が、まるで大きな水棲動物のように見える。

4匹のカワウソが泳いでいる様子 (出典:Loren Coleman「Real Otter Sense」
https://cryptomundo.com/cryptozoo-news/real-otter-sense/)

これらは誤認の一例である。注意しなければならないのは、ネッシーの目撃報告の中に誤認が多く含まれていたとしても、その正体には複数の可能性が考えられることである。「ネッシーは○○の見間違い」といった、ひとつの説ですべてを説明するようなことはできない。

もちろん、大抵の目撃報告は一度きりのことで情報も限られていることが多い。そのため、正体を探ることが難しいこともある。それでも簡単に、いる、いないというのではなく、地道に情報を集め、吟味していく姿勢は忘れないでおきたい。

【参考文献】

  • George M. Eberhart『Mysterious Creatures:A Guide to Cryptozoology – Volume 2』(CFZ Publications, 2010)
  • Adomnan of Iona『The Life of Saint Columba』(Penguin Classics, 1995)
  • Charles Thomas『Gathering the Fragments』(The Cornovia Press, 2012)
  • 常見信代「アダムナーンの『聖コルンバ伝』を読む : 史料とその問題点」『年報 新人文学』(第12号、2015年)
  • Adrian Shine『Loch Ness』(Loch Ness Project, 2006)
  • ダニエル・ロクストン、ドナルド・R・プロセロ『未確認動物UMAを科学する』(化学同人、2016年)
  • 『幻解!超常ファイル ダークサイド・ミステリー』(NHK BSプレミアム、2013年4月24日放送)
  • Ronald Binns『The Loch Ness Mystery Solved』(Prometheus Books, 1983)
  • Darren  Naish『Hunting Monsters: Cryptozoology and the Reality Behind the Myths』(Arcturus Publishing, 2016)
  • David Martin, Alastair Boyd『Nessie : The Surgeon’s Photograph Exposed』(Martin and Boyd, 1999)
  • Nicholas Witchell『The Loch Ness Story』(Penguin Books, 1976)
  • Tony Harmsworth「Loch Ness and Loch Ness Monster Information. Facts about
  • Nessie, Loch Ness Research and Exploration」※
  • Dick Raynor「Loch Ness Investigation」※
  • Roy P. Machal『The Monsters of Loch Ness』(The Swallow Press, 1980)
  • Richard Raynor『A Study of the Peter O’Connor photograph of the Loch Ness Monster』(2015)
  • Steuart Campbell『The Loch Ness Monster The Evidence』(Aberdeen University Press, 1991)
  • Daily Mail「Skipper claims to have finally found proof that Loch Ness Monster exists」※
  • Daily Mail「Loch Ness Monster photograph is a hoax: Cruise boat skipper admits he faked image」※
  • 花里孝幸『ネッシーに学ぶ生態系』(岩波書店、2008年)
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