水子の祟り


伝説 水子の祟りは恐ろしい霊障である。墜胎や流産した水子の霊は生まれてくるはずだった親のもとに取りすがる。そうしなければ、彼岸と此岸との間でさまよったまま、いつまで経っても成仏することができないからだ。

取りすがる場所は産んでくれるはずだった母親の体になる。そして「お母さ〜ん」と泣き叫びながら、様々な霊障や祟りを起こすのだ。いつまでも成仏できない場合は母親の体を完全に殺してしまうこともある。

 


 

謎解き 「伝説」で書いたのは、細木数子氏の著書『六星占術の極意』の中で、水子について書かれている部分の要約である。

「水子の祟り」について他で言われていることも大体同じようなもので、例えば阿含宗の桐山氏は「解脱供養して成仏させ、霊界に送り届けてやらなければ、不成仏霊として、その怨念はいつまでも消滅しない」と述べている。

また本覚寺では、「家族や子孫が幸せになることはとうてい望めない。水子の霊障は長い期間経過してもその威力は衰えず、いつまでも何らかの不幸をもたらす恐ろしい霊障」だと説いている。

テレビなどでも霊能力者などが「水子の祟り」とよく言っている。実に恐ろしい祟りとして世間でも有名だ。ずっと昔からある話だと思っている人も多いだろう。

ところが、この「水子が祟って母親や家族を苦しめる」という概念は、1970年代に、いわゆる新・新宗教が考えて広めたものなのだ。決して一般的な伝統でもなければ、確かな根拠がある話でもないのである。(※注1)

【※注1】 供養のために水子地蔵をまつる風習は江戸時代からあったが、「水子が祟る」という信仰が全国に広まって一般化したのは、70年代になってから。
 ちなみに高田衛氏の『江戸の悪霊祓い師』(筑摩書房)によれば、江戸時代において、おそらく最初に水子供養を行ったのは浄土宗の祐天上人だという。彼は当時、堕胎で苦しむ母親たちを救済するために、人としての扱いを受けていなかった水子にスポットを当て、供養の対象とした。(2009年6月5日追記)

前出の阿含宗はこの時期に急成長をとげ、本覚寺グループも前身の訪問販売会社時代に「水子菩薩」の販売を手がけて業績を急速に伸ばした。

一方、秩父の紫雲山地蔵寺の初代住職、橋本徹馬氏は、水子供養ブームの仕掛け人と言われている。この橋本氏の地蔵寺は、近年の水子寺の元祖。「水子の祟り」「お祓い」を売り物に、あっという間に1万体の水子地蔵を売りつくしたという。

また、この頃から各地の石材店が水子観音や地蔵の販売に乗り出すようになり、これとタイアップする寺院も急増した。



当たる確率が高い水子の話

意外と知られていないが、水子の話を持ち出すと当たる確率が高い。

2002年3月に日本放送出版協会から出された、『NHK日本人の性行動・性意識』というデータブックによれば、「これまでに中絶を経験したことがありますか」という問いに対し、20代と30代では約30パーセント、40代では35パーセント、50代と60代では約50パーセントが、中絶を1回以上経験しているという。

これは20代から40代では約3人に1人が、50代以上では実に2人に1人が中絶経験者ということ。水子の話を持ち出せば、それなりの確率で当たることがよくわかる。

さらに相談者の先祖までさかのぼる鑑定方法をとれば、ほぼ確実に中絶経験者を見つけ出すことが可能である。あとは「水子の祟り」を持ち出すのみ。不安に駆られて不幸の原因は祟りのせいだと思い込ませることができるだろう。

けれども、その「祟り」に怯える前によく考えてほしい。体調が悪くなったり、人間関係が悪化したりしたのは本当に祟りのせいだろうか?

中絶が原因で体が不調になることはあるし、人間関係がぎくしゃくしてしまうことだってあるだろう。霊能者の話に、「そういえば・・・」と思いを巡らす余裕があるならば、その間に他の原因を考えた方が良い。

水子を供養したい、という気持ちはよくわかる。真摯な気持ちで供養を行っている人は多くいる。しかし「祟りが怖い」とか、「人生が上手くいかないのは水子が元凶だから」というような理由で供養するのなら、供養される側は嬉しくもないだろう。

水子は先祖と同じくらい、悩める人間が背負うことが出来ない「うまくいかない原因」を背負わされてきた。

もうすでに30年以上経つ。
いい加減、この役割から開放させてあげたいものである。

(記事公開日:2005年3月28日)
ホーム>心霊現象>水子の祟り

【参考資料】