聖書の暗号


伝説 1950年頃、チェコ出身のラビ(ユダヤ教の律法学者、宗教的指導者)、ウェイスマンデル氏は、旧約聖書の「創世記」の初めの部分を50番目ごとに拾い出してみると、「トーラー」(※注1)という言葉が出てくることに気付いた。

【※注1】 「トーラー」とは旧約聖書の最初の5つの書である、「創世記」「出エジプト記」「レビ記」「民数記」「申命記」の総称。ほかに『モーセ五書』、『律法』とも呼ばれる。

ウェイスマンデル氏は、創世記以外にも「トーラー」という言葉が隠されているのではないかと考え、「出エジプト記」「レビ記」「民数記」「申命記」の四書でも、同様の方法で文字の拾い出しを行ってみた。

すると驚くべきことに、この四書からも「トーラー」という言葉が出てくることがわかったのだ。これが、いわゆる「聖書の暗号」の始まりである。

この後、ヘプライ大学の数学者、エリヤフ・リップス氏がこの話を聞きつけ、物理学者のドロン・ウィツタム氏、暗号研究家のヨハヴ・ローゼンバーグ氏と共に1994年8月に発行された『Statistical Science』という数学の論文誌に、聖書の暗号に関する一編の論文を発表。

リップス氏らはこの論文の中で、旧約聖書を一定の文字数づつスキップしていくと、イスラエルの賢者32人の名前とその生没年が隠されていることを発見している。

そして、この話に興味を持ってリップス氏らを取材していた『ワシントンポスト』紙の元記者であるマイケル・ドロズニン氏は、彼らと同じ方法を用いて、旧約聖書の中にイスラエルの首相「イツァーク・ラビン」の名と「暗殺者は暗殺するであろう」という言葉が隠されていることを発見した。暗殺の時は1995年9月に始まるヘプライ暦の年。

ドロズニン氏は、94年9月にラビン首相の側近に暗殺の危険性を警告したが、予言を回避することはできなかった。ラビン首相は95年11月に暗殺されてしまい、聖書の暗号による予言は的中してしまったのである。

 


 

謎解き 1997年にマイケル・ドロズニン氏が『The Bible Code』(邦訳『聖書の暗号』新潮社)を書いて以来、大きな注目を集めることになったこの伝説。

本国アメリカでは、第2弾となる『The Bible Code 2』(邦訳『聖書の暗号2』アーティストハウスパブリッシャーズ・2003年)が日本より一足早く、初版30万部という超大型発行部数で刊行され、またもや世界中で大きな話題になった。

日本でもこれらの本はベストセラーになり、『世界ふしぎ発見!』や『奇跡体験!アンビリバボー』などでも紹介された。ご存知の方も多いと思う。

しかし 「聖書の暗号」には、そういった番組で紹介されていない問題点が存在していることは、あまり知られていない。以下で見てみよう。


リップス氏らの問題点

まず1994年に発表されたリップスらの論文については、オーストラリア国立大学の数学者ブレンダン・マッケイ氏と、ヘブライ大学の数学者ドロール・バー・ネータン氏が最初の批判を行っている。

そして1999年5月には、リップス氏らが論文を発表した同じ『Statistical Science』誌に、ブレンダン・マッケイ氏がより本格的な批判論文を書き、リップス氏らの間違いを指摘している。

ここでは、その詳細について触れると専門的になってしまうため、いくつか分かりやすい問題点を指摘するだけにとどめておきたい。


第一の問題点

まず第一の問題点としては、暗号に出てくる「関連のある組み合わせ」は色々なパターンが考えられることが挙げられる。

たとえばリップス氏らの論文では、「イスラエルの賢者32人の名前」「生没年月日」の組み合わせを使っている。しかしこれはリップス氏らが勝手にこの組み合わせを選んでいるだけで、実際は他の組み合わせを選んでもまったく構わない。

「賢者の名前」と組み合わせるものとしては、「妻、もしくは子どもの名前」でもいいし、「出身の地域」でもいい。また「その賢者の偉業に関連した言葉」でもいい。両方が人名以外の組み合わせでも問題ない。

要するに、聖書に関連している無数の語句の中から、自分の好きなものを選び、それに関連した組み合わせを勝手に選んで構わないのである。


第二の問題点

二点目はリップス氏らが選んだ「賢者の名前」「生没年月日」そのものについて。まず「賢者の名前」については、彼らの名前はフルネーム(「姓+名」)ではない。当時のユダヤ人には姓がなく、名前だけしかなかった。フルネームではなく単なる名前だけでいいのなら、ずっと見つけやすくなる。

次に「生没年月日」については、生年月日が判明しているのはわずかしかいない。たいていは死亡年月日だけしか分かっていないのだ。ところがリップス氏らは賢者によって「生年月日」だけを使ったり、「死亡年月日」だけを使ったりと、恣意的な使い方をしていて一貫性がない。


第三の問題点

最後の問題点は、ヘブライ語のスペルは自由度が高いという点。
たとえばこちらを見てほしい。このページでは「Abulafia」という名前をヘブライ語で表すと、4つの異なったスペルが存在することを指摘している。(※注2)

【※注2】 読者の方から、この箇所について異論が出された。今後再調査を行う。

実を言うとリップス氏らは、このただでさえ自由度の高いスペルから当たりを探すだけでなく、こういった複数の候補に当てはまるものが無かった場合には、自分たちで勝手にスペルを作り出している。


ドロズニン氏の問題点

続いては『聖書の暗号』の著者、マイケル・ドロズニン氏の問題点。
まず暗号の解読法については、リップス氏らの方法よりさらにデタラメだということを指摘しておきたい。

ドロズニン氏は、縦、横、斜めと色々な間隔で文字を飛ばし、ときには将棋の桂馬のような飛び方で読んだりと、いくらなんでも それはやり過ぎだと言いたくなるような方法を使っている。

また「トーラー」の中には30万を超える文字があるため、ドロズニン氏の暗号解読法を使えば、ある6文字の文字列の場合約50回、5文字の文字列だと数百回は確率的に出現することになる。(3文字とか4文字だともっと多い)
そのため、たとえば「アンパンマン」「モスラ」などの単語でも、聖書の中から読み取ることができてしまうのである。


外したら「延期」

これまで見てきた方法を使うと、自分の好きな暗号を見つけ出すことも可能だということがお分かりいただけると思う。

しかしやり方はデタラメなので、当然予言をハズすこともある。
そういうときはどうすればいいのか?

これは実際にドロズニン氏とリップス氏が行った言い訳を見てもらったほうが早い。以下は、イスラエルのネタニエフ首相が暗殺されることをきっかけに世界戦争が勃発することを予言し、外してしまった後の言い訳である。


「リップスらは不確定性原理のことには触れないで、そのかわり、聖書の暗号で『七月にアンマンへ』のすぐ上にある言葉を指さした。そこには『延期』とあった」
                   『聖書の暗号』(新潮社)からの引用

外したら延期らしい。ちなみに「延期」という言葉はヘブライ語でたった3文字のため、「トーラー」の中には55万回は出現することになる。これでは、いくら外しても「延期」だと言い訳することが可能である。

とはいえ外したら延期の言い訳を使っていては、さすがに苦しいと気付いたのか、
『聖書の暗号2』(アーティストハウスパブリッシャーズ)の最後のページでは、2006年に起こると予言した世界核戦争について次のように書いている。


「暗号は2006年に私たちが死ぬと予告しているわけではない。未来を変えなければ死ぬかもしれないと警告している」

つまり聖書の暗号から読み取ったことは、あくまで「警告」であって、仮に世界核戦争が起こらなかったとしても、それは警告を聞き入れたおかげで「未来を変えた」と言い逃れるつもりらしい。



白鯨の暗号

最後は、ドロズニン氏が1997年6月9日に発行された『ニューズウィーク』誌上で、懐疑論者に対して行った挑発について紹介しておきたい。

この誌上でドロズニン氏は、「私の手法で『白鯨』から国家元首が暗殺されるという予言を発見できたら、彼らの言うことを信じてもいい」と大見得を切った。

この中で言われている『白鯨』とは1851年にハーマン・メルヴィル氏が発表した小説のこと。一方「彼ら」とは、『聖書の暗号』は単なる偶然の産物で、下手な鉄砲も数撃てば当たる、べつに聖書でなくても同じような「暗号」はいくらでも見つけられる、と批判した海外の懐疑論者のことを指している。

ドロズニン氏からすれば「絶対に見つけられるわけがない」と思って大見得を切ったのだと思う。ところが現実には、あっさり“暗号”を“発見”されてしまった。

この挑戦を受けて立った海外の懐疑論者たちは、『白鯨』の中から、イスラエルのラビン首相、アメリカのエイブラハム・リンカーン大統領、ジョン・F・ケネディ大統領、レバノンのルネ・モアワド大統領の暗殺の他、ガンジー、サーハン・サーハン、レオン・トロツキー、キング牧師、エンゲルベルト・ドルフースなどの暗殺も「発見」した。

ドロズニン氏の面目は丸つぶれの状態である。それでも彼はめげない。
数学者のエリヤフ・リップス氏と、国家全保障局の暗号解読官であるハロルド・ガンズという人物が、ドロズニン氏の本を支持しているかのように主張。

なんとか箔をつけようとしたものの、これは事実に反していた。彼ら2人はドロズニン氏の本を支持していない。

まずハロルド・ガンズ氏は声明で次のように述べている。

「これらの本では、『トーラー』の中の暗号を使えば未来の出来事を予言できると述べていますが、この主張には全く根拠がありません」


続いては、エリヤフ・リップスの声明。

「私は、暗号、およびドロズニン氏が導き出した結論を支持しない。ユダヤ教の『トーラー』からメッセージを抜き出す全ての試みは、虚しくて全く価値がないのだ。これは私自身の意見だけではなく、重大な暗号研究に関わった全ての科学者の意見でもある」

箔付けに利用していた仲間からは梯子を外され、『白鯨』の予言でも面目をつぶされてしまったドロズニン氏。そんな彼に、さらに追い討ちをかけるメッセージが自らの著書である『聖書の暗号』からもたらされた。この暗号を見つけたのは懐疑論者のデヴィッド・E・トーマス氏。

このページの最後は、彼がドロズニン氏と同じ解読法を使って見つけた暗号を紹介して終わりとしたい。実によく『聖書の暗号』の本質を言い表したメッセージである。


「暗号はイカサマ、おバカなデッチ上げ」
"The code is a silly snake-oil hoax."

(記事公開日:2005年11月18日)
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