古代中国のアルミニウム合金


伝説 1956年、中国江蘇省にある西暦3世紀・西晋時代の将軍・周処の墳墓から、一体のミイラと共に金属製の帯留めが発見された。

アルミニウム合金当初、材料の金属は銀や銅だと思われていたが、北京の中国科学院応用物理学研究所と南京大学化学系によって調査された結果、組成はアルミニウム85パーセント、銅10パーセント、マンガン5パーセントの合金であることが判明した。

驚くべきは、この帯留めにアルミニウムが含まれていることである。アルミニウムが金属元素として発見されたのは1803年。
大量の電気によって電気分解する精錬法が考え出されたのは1845年なのだ。

古代中国人は、大量の電気を必要とするそのような高度な技術を知っていたのだろうか。それとも現代の我々もまだ知らない未知の技術によって、アルミニウムを分離していたのだろうか。

謎は深まるばかりである。


【写真引用元】
『Andy’s Field』
http://www.geocities.co.jp/Technopolis-Mars/1541/goukin.html

 


 

謎解き 金属製の帯留めが1950年代に鑑定され、「アルミニウムが85パーセントも含まれている合金」という結果が出たのは事実である。オーパーツを扱った本では、よく出てくる話だ。

しかし通常のオーパーツ関連本では、ここで話が終わってしまう。
その後に本格的な調査が行われたにもかかわらず、なぜかその結果については一切触れようとしない。

触れない理由は明らかだ。その後に行われた本格的な調査結果を書いてしまったら、オーパーツなんかじゃないことが読者にバレてしまうからである。

 

その後の調査結果

まず知っておきたいのは、周処の墳墓から発見された金属性の帯留めは、完全に近いものは計17個あったということだ。

そして、中国科学院応用物理学研究所がアルミニウム合金だと鑑定結果を出したのは、この17個のことではなく、この帯留めと関係あるかどうかもわからない小さな金属片だったのである。

となると、鑑定されたアルミニウム合金は本当に帯留めの一部なのか? という疑問が浮かぶだろう。中国の清華大学と、東北工学院軽金属治煉教研室の沈時英氏は、見るからに外観が違い、帯留めの一部かどうかも怪しい金属片ではなく、外観が同じで帯留めの一部だとわかる金属片の鑑定を行った。

すると最初の鑑定結果と違い、銀で作られているという結果が出たのである。

鑑定を行った沈氏は、アルミニウムだとされた金属片は、近代に盗掘された際に混入した異物なのではないか、という仮説を考えた。(過去に周所の墳墓は盗掘されていた)

しかしこの仮説に異論を唱えた人物がいた。
墳墓の調査担当者であった羅宗眞氏である。羅氏によれば、最初に鑑定された金属片は混入物ではありえないとのことだった。

ところが、この反論は説得力に欠けた。

また再鑑定を行った沈氏からも、見るからに外観が違う金属片などではなく、完全に近い17個の金属製帯留めの鑑定を行うことで決着をつけるべきだ、との反論があった。

そして1964年。沈氏の主張がとおり、周処の墳墓から発見された17個の金属製帯留め(金属片ではなく帯留め自体)の鑑定が行われた。

結果は、すべて銀で作られているというものだった。
後に北京鋼鉄学院も鑑定を行い、周処の墳墓から発見された帯留めが銀で作られていることを確認している。また、アルミニウムと鑑定された金属片も再鑑定が行われ、20世紀の初頭に作られたものという結果が出ている。